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美の特攻隊

てのひら小説

ミイラの恋

そりゃ夜目にも鮮烈だわな、白黒放送の頃テレビで観たおぼえがあるよ。たしか日本の番組だった。この間DVDボックスが発売されてたぞ。それより「事件記者コルチャック」全20話、ミイラ男もいいが、おれはあっちが気になって仕方ない。ホラードラマの金字塔…

赤いまぼろし

そういえば、最近コタツに当たったことがないわね。いや、去年の今頃だったかな、知り合いの家でほんの申しわけ程度に足の先を入れたっていうのはあったけど、ほら、ぬくぬくと胸元までもぐりこむようなのは相当まえの記憶よ。 第一背丈が違う、子供の時分は…

庭球記

空は乾いていた。日差しは暮れがたのそれでありながら、のびやかな紅色にひろがって閑暇を持てあましていた。小鳥たちのさえずりが朝日を浴びてよく通るよう湿気は不服なく退き、木の葉を揺らしている。 広場に迷い込んだのは子供らであったのか、ぼくの視線…

蛇女の怪

頬をなでる冷ややかな風に引き締まった美しい弦楽の奏でを感じるよう、僕にしてみれば子供らの奇妙なうわさ話は、秋の空から舞い降りてきた贈りものだったのかも知れない。 最初耳にしたときから聞き流してしまう理由をあげてみるより、風のなかにひそんでい…

フランケンシュタイン

夏を夢見る。 部屋の中をしめやかにさせた陽の陰りに午後の衰退を覚えれば、うつらうつらとした意識は更に心地よく、このまま眠りに落ちていく軽やかさがかけがえのないようなものに思えてくる。 が、陽射しは白雲に暫しさえぎられただけで、海水浴場を輝か…

青いまぼろし

なだらかな山裾がぼんやり映りだされると夜の空気は流線になった。 眼を凝らすまでもなく、木立から離れてしまった寂しげな枯れ葉が幽かに揺れているのがわかる。その先に静かなみずうみを見いだす予感も訪れて、葉ずれとさざ波が月影へささやき始める。 し…

タンタラスの丘

実際の地であるはずがなく、又かの名勝を模したのでも、あるいは似かよりとも無縁の、ただその名だけがひとり歩きしていたに過ぎないと思う。 どこかで聞きかじった覚えもないところから、感性に疑いを抱く謙虚さは遠のき、自然にわいて出た単なる文字の羅列…

桜唇記

桜唇 春雨の領分なぞ取りとめなき想いかすめし今朝の庭、浅き夢にて見遣る心持ちなれば、蒙昧たる証しおのずと雲散霧消されよう。げにも寝ぼけまなこへ映りゆく風物かや、東雲さずけし恩恵と認めるは長閑なるも頑是なき。然るにそぞろ哀しき面影の由縁、何処…

まどろみ

今日も星がいっぱいだ。 江波純也は今しがたまで、グラス片手に気分を広げ、又特異点のような空間に去来する自分自身へと酔うにまかせていた。 そして、気がつけば酒場を後にコートの襟を立てゆったりとした足取りで、帰途につきながら夜空を見上げている。 …

ゆうれい

不思議な色合いのまちなかにいる。 紙芝居みたいにこじんまりとしていそうで思いのほか、にぎやかさは収まりつかない気配を仰々しく伝えてくれるので、胸の奥に温かいものが湧き出て来て、辺りを一通り見回した頃にはじんわりとした感情に包み込まれてしまっ…

ドッペルゲンガー

極寒地では室内より冷蔵庫のほうが温かいそうだ。窓を開けるのは自由だが冷気とは関係ない。 ここで私の語るべきこと、それはもうひとりの自己像をどう認めるかという、心構えの問題に他ならない。では早速窓と共にに奇妙な扉に手をかけてみよう。 ウィリア…

霧の吸血鬼

陰にこもった雨が降り続けているとか、午後の日差しが際立って秋めいているせいだとか、夕闇がせまってくるのをまるで深い洞窟へと踏み込んでいるように錯覚してしまうとか、虫の音がか細く仕方なく感じてしまうやら、別に季節がはぐくむ時間のうつろいによ…

午後3時

隣町まで遊びに行ったのはいいのだが、どうにも帰りの時間が気になって仕方ない。 たいして親しくもない連れは端正な顔立ちをしていて中折れ帽がよく似合っている。 もうひとりも色違いを被っていて、ここのところ洒落っ気がない自分に舌打ちしつつも、やは…

鉄橋から来た少年

社会人になった夏のこと、そう記憶しているのは初々しくも溌剌とした心境と燃え上がった太陽が互いに認め合っていたという強引な解釈なんかではない。あの日の光景を振り返れば、自ずと勤務先の会社の窓ガラスに張りついた天候がまず一番にまぶた焼きつけら…

悪魔払い

あれは梅雨の明けきらない蒸し暑い日のことだった。青みが押し殺されている曇天を見上げているうちに、反対に上空から見下ろされてる気がしてきて、空恐ろしさを覚えてしまった。ああいう時分は空想の産物が晩飯のおかずに紛れこんでみてもとくに深く考えこ…

月影の武者

月明かりの白砂、穏やかでひとけもない、孤高の波打ち際。喧噪が過ぎた気配は幽かに名残惜しく、ただ独りの鎧武者の陰を映し出している。たった一度だけの、したたり落ちる冷や汗は月光を受けて青ざめており、たぶんそれは私自身の心境であったと思われるの…

巣窟

「まったくなんで火を灯したりするんだろう、こっちは熱くて仕方がない。このまえも何かの弾みで落ちてきたろうそくの固まりで仲間がやられた」 芸太の任務は斥候です。たいがいは彼一匹で遂行されるのでした。人間たちの習性について蟻の芸太が知りうるのは…

広場

性懲りもなく隣町の隣の町へ遊びにやってきた。今回は案内人がいる。なんでも一風変わった建物があるとかで同行を引き受けてもらったのだが、実はそんな風聞などまったく耳にしたこともないまま、半信半疑でNさんの言葉に従ったわけで、そうかといって期待に…

オートマチック もう随分まえに帰省したとき、お姉さんには話さなかったけど、背筋が思いきり凍りついたことがあったの。 精霊流しの晩、わたし一人で港まで歩いた。それまでは家の誰かが供養に行ってたのでしょう、でもあのときはお姉さんも居なかったから…