美の特攻隊

てのひら小説

掌編小説

Loveless

「お元気、どれくらいになるかしら」 「ついこの間のようだけど、月日は知れないなあ」 少女の澄んだ瞳をのぞきながら青年はため息まじりの声で答えた。 「また霊界テレビなの」 「その通り、よくわかってくれたね」 「相変わらず酔ってお家に帰ると使われて…

夜間飛行 〜 後編

ためらいの陰りなどなく抒情が整列し、探りはすぐさま目的に同化すれば、頬の火照りは風に熱意を吹きこみ、もはや自分の意志が率先してマントのはためきを買って出ているのだと薄ら笑いを浮かべた。 山稜から山稜へ、やがては歓喜と高まる情念に胸を焦がすと…

夜間飛行 〜 前編

窓の外に雨音の気配を感じる。 はっきりとしてではなく、遠い原野に深々と垂れこめる景色が少しづつ、こちらに向かっているような淡い記憶をともない、散りばめられた光の粒を体内に含んだ雲翳が枕頭に広がっている。 瞬きを覚えないまま、残像が緩やかに浸…

月葬

寝静まった妻の微かな気息に耳を向けるまでもなく、昇は苦虫をつぶしたような微笑を浮かべている自分を思い、消え入りそうな予感に深く沈みこむのではなく、反対に暗幕でさえぎってしまった。 暗幕の内側に息づくものを映像が終了する案配で拭いとることは出…

まんぞうの新今昔物語 〜 福の神

今は昔の新しいこと、こころもとない年金でのパチンコ帰り、とぼとぼとじいさんが歩いておった。 「春やのにまだ寒い、なんか腹へったなあ~、おっ、ちょうどええところにうどんの屋台あるがな」 風がぴゅ~っと通り過ぎていった。じいさんは身震いしながら…

梅月譚

我が胸奥に仕舞われたるまこともって不可思議千万な一夜の所行、追懐の情に流るるを疎めしはひとえに奇景のただなか、夢か現か、ようよう確かめたる術なく、返す返すも要職の重しに閉ざされたれば口外厳に禁じられたるところ、斯様な回顧もまた御法度なり。 …

続・探偵

路傍の黒衣がきっと符牒なのだろう。夕暮れを取り急いでいるような婦人のすがたにふたたび出会った。 あれからの日数はしれていたけれど、犯人と目された松阪慶子似の悽愴な死は、限りない青みを帯びて網膜に焼きついているに違いない。 なぜなら澄んだ空気…

探偵

くもり空の下、近所の奥さんが颯爽とした着物すがたで道を横切るの見かけた。 年相応なのだろう、喪服を思わせる青褐の和装はまわりの空気を一変させているが、凛とした容姿から受け取る印象は反対に無邪気な風情も備えており、それとなく感心していると、す…

まんぞうの日本ふかし話

むかしむかしと言うてもみつきくらいまえだったあ、えっ、そりゃ、むかしじゃねえじゃと、んだな、ふかしふかし、、、なんだべ、じゃまするでねえ~、とにかく、おじいさんとおばあさんがおったそうな。 ほかには誰もおらん。まんがに出てくるようなのどかな…

ろくろ雛

「徹子の部屋じゃないの」 「いや、それが節子の部屋っていうんだ。深夜の放送だし雰囲気がまるで違うよ。あのタマネギおばさんでなくて、もっと若く華奢で、儚げでいて葬式みたいな着物で冷ややかだけど、ほんのりと浮遊してる色香のある司会者で、ちゃんと…

ちび六危機一髪

うとうととろとろとろけるようなねむりのせかいにいたはずなのでした。 どうしてでしょう、ふっと目がさめてしまったのです。ふろばのせんめんだいのすみっこできゅっと足をまるめてねむっていたのです。 しんでしまったと思いましたか。いいえ、ちび六はと…

夜霧のちび六

きょうもちび六はげんきにあちこち動きまわっています。 あちこちといってもこのいえの中だけですから、けっこうおなじところをいったりきたりの、かくれてみたり飛びでてみたり、ふわりとちゅうになげだされたように感じたりしているだけなのですが、あさと…

ちび六の冒険

明るみと呼ぶには似つかわしくない場所、けれども明かりが必要とされる日々のありきたりな、気にとめることなんてほとんどないところ、例えば玄関の片隅、寝室へと向かう階段の陰、そして寝室そのもの、醸し出されるのは柔らかな吸収力を秘めており、太陽光…

勿忘草

空気抵抗を反対にもてあそびながら時間の流れをそこに悠然とあらわしている光景は、微小な羽毛たちが神妙としてひかりの祝福を甘受している、あのまどろみの裡に見出す判然としない不安感を憶い出させる。 あたかも永劫に浮遊し続けるちいさな歓びが、無限の…

突破口

そう、いつぞやのL博士にまつわる話しなんだがね、蛇女退治や、公開心霊実験みたいな内容ではないんだ。 心霊実験はさておき、蛇女事件はぼくが当事者といっても過言じゃないかったし、L博士の人物像というか、感性、少なからずも定置に据えたい性格、更に…

やきめし

草木も眠る丑三つ時、窓の外は冷え冷えしているに違いない。 成瀬巳喜男監督の「めし」を観て、ほっとため息、もう一本鑑賞しようかなんて考えがうそ臭くよぎり、さっきから小腹が空いている実感が大きなうねりとなって押し寄せてきた。 明日は休日、しかし…

まじわり

冬のひかりが遠い彼方にかがやいている。 一月の末に吹きぬけてゆく風は、時折思い出した気分をふくみながら二階の窓から部屋のなかへと訪れた。 両端に束ねられた亜麻色のカーテンから解放された、白いレースの透かし模様はやわらかに羽ばたくようにして舞…

フラグメント

一席おつきあいのほどを。 こう寒くなりますってぇと、ついつい出不精になりがちになりまして、まっ、外出をためらうのは仕方ありませんが、からだの動きも鈍ってくる、日曜なんざ寝たきりを決め込んでもかまいませんがね、休みの日に限って普段から放りっぱ…

岬にて

それはまだ沈まぬ太陽を知っている朱に染まる夕暮れに始まった。 潮風にさらわれる娘の髪は空いっぱいにあふれる光を浴びて琥珀色にかがやいている。 茫洋とした夕空に寡黙な祈りを捧げた草原は、その草いきれのなかに安息を見いだしているのか、やや湿った…

冬の花火

今年の冬が過ぎれば、この町からしばらく遠ざかることになる。 結婚してから一年、新婚生活の妙味やらが色褪せるまではいかないにしろ、次第に安定したものへと落ち着いていくのは、成り行きにまかせれば当然なにがしらの陰りを呼び寄せることになってしまう…

Winter Echo 3

思いのほか気まぐれにやんわりとあるいは又、不意に背後からしのび寄った悪意の翳りの前兆はあの幼い日々のなか密やかに棲みついていたのだろう。 木漏れ日のような思いがけない到来は、すぐそこに手をかざせば親しみのある温もりをあたえながら、前後を把握…

Winter Echo 2

床から起き上がったと見まごう畳が一枚一枚、どんな案配に寄せ集められたのか、表に運ばれたのか、明瞭な光景を思い浮かべることは出来ない。 ただ印象深く、今でも小さな驚きを保ちながら脳裏に広がるのは、畳の下に敷かれていた色褪せた新聞紙が、それまで…

Winter Echo

語るべきして語られるわけもないはずなのに、普段とは違った動作のうちに重ね合わされるよう、ちょうどナレーションと云った趣きで音像が言葉の響きに歩みよろうとしている。 つい先程までこうして開け放たれることが久しかったガラス戸は、以外な結末を迎え…

賛美歌

アンデルセン童話に「ゆきだるま」という一編があります。 こんなお話です。 あるうちのにわにゆきだるまがすわっていました。なんだかからだのなかがみしみしすると、ゆきだるまはいいます。おひさまがてっていたのですね。 ぎらぎらてりつけるおひさまに、…

粉雪

もう学校は冬の休みです。 開けっ放しにされた向こうから日差しが照りつけてくる夏休みの始まりと違って、年の瀬とともに訪れるひかりはどこかしら蕭条とした息づかいをしています。 クリスマスや正月を控えながらあえて華やぎを抑制しているふうに感じてし…

花火~過ぎた夏

白ワインの冷たさは格別だった。 純一は三好からすすめられたビールをひとくち飲み干したあと、いつにない酔いが全身を巡ると云うよりも襲ってきて、体調を崩すか寝込んでしまいかねないと思い、それ以上は杯を重ねないまま、ぼちぼち打ち上がりはじまりだし…

幻惑されて

不断の満ち欠けを気に留めることもないまま、夜道に日は暮れないなどと、健気に、そして眠気を多少こらえているような心持ちで歩いている。 稜線は夜空に昔話しを語りたいのではなく、今日一日の想いがまた過ぎ去ることを自愛をこめて切々と訴えているように…

特急列車

長旅を期待しながら列車に乗りこむ風情は眺めるがわとて、ちょうど色づき始めた草花を愛でるふうに殊勝な心持ちへ傾くのだから、どうであろう、この身がすでに車窓のなかに座しているのであれば、それは景色が後方に流れゆくままにまかせた風の抵抗を関知し…

ミイラの恋

そりゃ夜目にも鮮烈だわな、白黒放送の頃テレビで観たおぼえがあるよ。たしか日本の番組だった。この間DVDボックスが発売されてたぞ。それより「事件記者コルチャック」全20話、ミイラ男もいいが、おれはあっちが気になって仕方ない。ホラードラマの金字塔…

単線鉄道

鉄道の轍はどこまで行っても音響でしかないにもかかわらず、このように記憶の残像を呼び寄せてしまう加減は、、、祝福に包まれた光輝とも、災禍に圧しやられた苦渋とも異なる、がしかし、その双方を遠い彼方に想いかえしてしまう加減は、、、一体どこからこ…

ハードコアの夜

夕陽が染み込んだ感じはしなくもなかったけれど、この部屋とは無縁に、仕切られ、引かれた、ぞんざいな有り様だけでもカーテンは十分な役割を果たしていた。 外のネオンに織物の柔らかさで呼応しているのでもない、あえて言うなら、これから交わろうとしてい…

赤いまぼろし

そういえば、最近コタツに当たったことがないわね。いや、去年の今頃だったかな、知り合いの家でほんの申しわけ程度に足の先を入れたっていうのはあったけど、ほら、ぬくぬくと胸元までもぐりこむようなのは相当まえの記憶よ。 第一背丈が違う、子供の時分は…

ウミガメと僕

潮風が心地よかった。身をかすめゆく感触に午後の日差しがしみ入ったからでなく、右隣でギターを爪弾いく青年の柔毛が頬を撫でているのが、遠い異国から届けられた景色のように儚げで美しいからだった。 とりまいた子供らも口々に「きれい、きれい」とほめそ…

庭球記

空は乾いていた。日差しは暮れがたのそれでありながら、のびやかな紅色にひろがって閑暇を持てあましていた。小鳥たちのさえずりが朝日を浴びてよく通るよう湿気は不服なく退き、木の葉を揺らしている。 広場に迷い込んだのは子供らであったのか、ぼくの視線…

冬化粧

「へびは冬になるとあまり見かけないわね、夏とか家と山の間にあるコンクリート部分にいる。コンクリは涼しいのかなあ、木陰の湿気った土のほうが涼しそう、かなへびみたいなのが多いかな、アオダイショウは何回かみた、マムシはみてない、赤い模様のきれい…

燃える秋

俊輔は尾根から麓までまだらながらも色彩が植えこまれた山々の威容を想像していた。 遠目には種類は判別出来なくても木々が燃えさかるようにして色めきだち、しかも枯れゆくまえにして鮮やかな変容を遂げる情念を静かに夢想すれば、山全体を眺めやるまなざし…

秋雨

指先から指先へ、綱渡りの危うさで近づいては遠ざかる。 まどろむ皮膜のむこうには秋雨が聞こえている。散漫な意識の陰りは湿気ることなく、蒙昧なままの情況を伝えようとしているのだろうか。雨音は何故かしら乾いた響きを持っていた。 いつの頃からか私は…

さわ蟹

生家の裏庭に面した流しの下はちょうど水たまりに似て、心細げに類家の畑の溝へと通じており、春さきともなれば白や黄色い蝶蝶がふわふわ舞うさまは身近でありながら、陽光の届けられるまばゆさに名も覚えぬ草花が匂いたつようで、見遣る景色はなにやら遠く…

蛇女の怪

頬をなでる冷ややかな風に引き締まった美しい弦楽の奏でを感じるよう、僕にしてみれば子供らの奇妙なうわさ話は、秋の空から舞い降りてきた贈りものだったのかも知れない。 最初耳にしたときから聞き流してしまう理由をあげてみるより、風のなかにひそんでい…

夜景

旅ではなかった。生まれ育ったまちだったから。ひと時だけ帰省しているようでもあり、もう長く住んでいるようでもあった。 散歩ではなかった。なにしろ、宵の口から指折り数えてみるとかなり夜が深まっている。 所用があったにせよ、今時分そぞろ歩ているの…

名画座

雑踏からはぐれた感情は置き忘れられてしまい、すでにその光景の中へと包まれていた。 都会の夕陽を背に十年以上を経てその空間に佇んでいる。 胸いっぱいにひろがった得体の知れない気持ちは、ときの推移に抗わず、一定の場所に立ち戻るために、滑走路のう…

フランケンシュタイン

夏を夢見る。 部屋の中をしめやかにさせた陽の陰りに午後の衰退を覚えれば、うつらうつらとした意識は更に心地よく、このまま眠りに落ちていく軽やかさがかけがえのないようなものに思えてくる。 が、陽射しは白雲に暫しさえぎられただけで、海水浴場を輝か…

青いまぼろし

なだらかな山裾がぼんやり映りだされると夜の空気は流線になった。 眼を凝らすまでもなく、木立から離れてしまった寂しげな枯れ葉が幽かに揺れているのがわかる。その先に静かなみずうみを見いだす予感も訪れて、葉ずれとさざ波が月影へささやき始める。 し…

なべ焼きうどん

今日の空模様、窓の外にはやわらかな針のような雨脚、それほど嫌いでもない、煙る町並み。 寂しげな電柱だってよく目を凝らせば、いつもと居場所はかわらない、当たり前か。 でもモノクロ写真としての風情を欲している電線には同情してしまう。どうしてそん…

タンタラスの丘

実際の地であるはずがなく、又かの名勝を模したのでも、あるいは似かよりとも無縁の、ただその名だけがひとり歩きしていたに過ぎないと思う。 どこかで聞きかじった覚えもないところから、感性に疑いを抱く謙虚さは遠のき、自然にわいて出た単なる文字の羅列…

伴走

その話しならこの頃そういう気分じゃないから今度ゆっくりね。 それはそうと、あんたこのまえ訊いてたでしょ、ものごころのうちではけっこう鮮明な方だと思うんだけど、犬の名前はたしかペロだったわ。あたし保育園にも行ってない時分だったし、あんたはまだ…

輪花 (りんか)

石ころを蹴りながら下校した記憶が不意によみがえった。 連れ立った帰り道は透けてなく、意地らしくひとり、うつむき加減でやわらかな陽射しを受けている光景が振りかえる。 微笑みで、いえ、気難しそうな表情で、そうじゃない、寂しげに、どれもしっくりこ…

桜唇記

桜唇 春雨の領分なぞ取りとめなき想いかすめし今朝の庭、浅き夢にて見遣る心持ちなれば、蒙昧たる証しおのずと雲散霧消されよう。げにも寝ぼけまなこへ映りゆく風物かや、東雲さずけし恩恵と認めるは長閑なるも頑是なき。然るにそぞろ哀しき面影の由縁、何処…

まどろみ

今日も星がいっぱいだ。 江波純也は今しがたまで、グラス片手に気分を広げ、又特異点のような空間に去来する自分自身へと酔うにまかせていた。 そして、気がつけば酒場を後にコートの襟を立てゆったりとした足取りで、帰途につきながら夜空を見上げている。 …

ゆうれい

不思議な色合いのまちなかにいる。 紙芝居みたいにこじんまりとしていそうで思いのほか、にぎやかさは収まりつかない気配を仰々しく伝えてくれるので、胸の奥に温かいものが湧き出て来て、辺りを一通り見回した頃にはじんわりとした感情に包み込まれてしまっ…