美の特攻隊

てのひら小説

掌編小説

金魚

夕暮れ、気まぐれ、所在なし、ほろ酔いにまかせておいた狭い庭を見遣る目つきは空を切ったまま。耳朶に届いた鳥の鳴き声、さながら障子紙に浅く鋭く砕け散る。カラスの群れが山へ帰るのなら、そろそろ杯を置き、重い腰を上げよう。昨日までの長雨、庭の片隅…

続・ゆうれい

きっと暗雲を呼び寄せるに違いない、そんな不安気な心持ちをぬぐい取るように、曙光を思わせる明るみが地面まで落ちひろがったとき、初めて私はまちなみの彩りに染め上げられた。「すぐそこってどのあたりだい」「すぐはすぐよ。だまってついてらっしゃいな…

お百度まいり

赤い目のうさぎさん、、、ぼくは寝言でそうつぶやいたそうだ。他の色ではだめだったのだろうか。ささいな事だが、うさぎの世界では重要な意味を持っているのかも知れない。むろん、きみにそんな質問を投げかけたりしなかった。ひょっとしたら顔を近づけなが…

墨汁

遠慮勝ちな態度で筋書きに従ったつもりだった。そして途中、もうひとりの自分が語り聞かせる入れ子の情況もそれとなく察知することが出来た。女はまだ若く、自分より年下に見える。そう覚えるのが符牒となり、あるいは己の所感がまだ交えぬ肉体をはさんで、…

白墨

今にも通り雨が落ちてきそうな曇り空の下、山腹にまばらと立つ民家のなかでもひときわ目につく、一軒の黒塗りの門構えを前にして、封書のようなものをその屋敷に届けなければと、配達人の風体でありながらどこか逡巡している自分を意識していた。しばらくす…

まんぞうの新今昔ものがたり〜日の神

今は昔の新しいこと、うららかな春の陽気にさそわれ、と言いたいところだけんど、ひがな一日なにをするでもなく家のなかで寝ころんでおった。じいさん、ばあさんそろってじゃ。あんまり退屈なんでどちらともなく声をかけた。「きょうは何曜日かい」「カレン…

返信 〜 訣

翌日、家内が純一に電話をしました。意気消沈な息子の様子に胸が痛んでいる様子は十分に理解していながらも、今回のことは家内の耳にしてみれば突拍子もない事態には間違いないはずですが、初恋の沸騰とでも片づけられてしまう程度のインパクトしかあたえて…

返信 〜 纏

前置きが少し長くなってしまいました。お許し下さい、ひとつは貴女に対する真摯な謝罪を、もうひとつはあの日以来、相互のなかにあったと思われる心持ちと誤謬を、確かめておかなくてはいけなかったからです。先日、純一から連絡がありました。といいまして…

返信 〜 衝

おそらく貴女はこう反駁されることでしょう。いかにも親子揃って観念論者らしい意見だが、純一のうしろに父親の影などまるで見受けられはしない、そこには沈黙を守り続けようとする怯懦なおとなを知るだけ、、、息子との交わりに瞠目しつつも、その実、速や…

返信 〜 気

お手紙拝読させていただきました。随分と返事が遅れてしまったことお詫びします。 もっとも返信無用とも思える文面でしたけれど、、、このように日にちを経てしまった理由をこれから申し上げる次第です。 貴女にはあたまが下がります。何よりも最初にこう言…

手紙 〜2

もちろん、純一さんにはあの列車のことなど話してはいません。 でも想像してみて下さい。こころのどこかで希求したものが、実際ではないにしろ血を介して、このわたしのなかにふたたび舞い戻ってくる。 あなたの息子さんは一途な思いで抱いてくれるのです。…

手紙 〜1

前略、この様なかたちでお手紙を差し上げるとは思ってもみませんでした。 帰省の折、列車内で隣合わせてから一年が過ぎてしまった今、何かのめぐり合わせでもあるかのように、貴方の息子さんと知り合い(出会いやその後の詳細は純一さんから聞いてらっしゃる…

夏まわり

絵の具を絞り出し塗りこめたみたいなひまわり畑の小径を進んでゆくと、木々の伸び具合が見分けられるほどの小高い山がせまって来た。 背景の青空は無性に旅情をかきたてるが、夏風にそよぐ大輪から浮き上がる緑は小山から彩度を分け与えてもらっているせいか…

ちび六と豚丼

雨がしとしと日曜日、どの家も窓を閉め切って静かな空気がよどんでいます。 風呂場のすみから、ハイハイはってカサカサヒタヒタろうかをわたってくる気配、なんて知るわけないですよね。 でもまったく関知しないのではありません。おねえさんはちゃんとはえ…

くるみわり人形〜後編

日が落ちる少し肌寒くなるわ、でもあんたの胸のなか温かいんじゃない、ふふふ、うちに着くまでに説明しとかないといけないわね。 いきなり対面では、、、いい良子、決して怖がってはだめよ、優しく見つめてあげて。 そういうあたしも当然ながら最初は凍りつ…

くるみわり人形〜前編

あら、良子じゃない、何年ぶりかしら、変わらないわね。 あたしはどう、ま、いいか。仕事の帰りでしょ、じゃあ歩きながらちょっと話し聞いてくれない。 あんたどこに住んでるの、あそう、あたしと反対ね。でもいいや、駅までじゃ話しきれないから電車一緒し…

たけやぶやけた

一席おつきあいのほどを。 しかしなんでございますな、最近の子供は加速する情報化のせいでしょうか、随分とませたものの言い方をするものです。 ある家にお邪魔したとき、見かけない女の子がふたり、大はしゃぎしておりまして、あるじに聞きますと、近所か…

夢の売人

ああ、いつかの男だった、まえにあれは夜間飛行だときみに話したことがあったね。 実直そうな面構えに隠された卑猥な笑みは、通りすがりの刹那に生まれる魂胆に近く、しっかり届けられなくて、あとからじんわりぼんやり思い出せる程度だった、だからこそあの…

恋人のいる時間

しばらくぶりに知人と酒場で落ち合った久道は、自分の髪が金色から銀髪に変化しているのを指摘され、 「なに、新月の夜に染め直すから脱色してしまうんだろう」と、生真面目に説明した。 凡庸とあしらいながら、常識では計りがたい相変わらずの言い草に知人…

花粉とライスカレー

うちのおかあさんに聞いたんだけど、小学校のときの給食がね、カレーだったんだって。ごはんじゃなくてコッペパンにつけて食べたそうよ。ええっ、うまそう、あっ、そうか、カレースープなんだ。ちがうってば、とろみのあるふつうの、じゃなかった、ああもう…

たまごぞうすい

ふろばのかたすみに暖かなひざしがふんわりよどんでいます。めざめはのんびりでした。 ちび六のいちにちが始まります。カサカサスコスコハイハイはってピョンとひとっとびトーンとちゃくちでまたまたハイハイ、春はうららかですね。 きょうは何をしようかな…

Loveless

「お元気、どれくらいになるかしら」 「ついこの間のようだけど、月日は知れないなあ」 少女の澄んだ瞳をのぞきながら青年はため息まじりの声で答えた。 「また霊界テレビなの」 「その通り、よくわかってくれたね」 「相変わらず酔ってお家に帰ると使われて…

夜間飛行 〜 後編

ためらいの陰りなどなく抒情が整列し、探りはすぐさま目的に同化すれば、頬の火照りは風に熱意を吹きこみ、もはや自分の意志が率先してマントのはためきを買って出ているのだと薄ら笑いを浮かべた。 山稜から山稜へ、やがては歓喜と高まる情念に胸を焦がすと…

夜間飛行 〜 前編

窓の外に雨音の気配を感じる。 はっきりとしてではなく、遠い原野に深々と垂れこめる景色が少しづつ、こちらに向かっているような淡い記憶をともない、散りばめられた光の粒を体内に含んだ雲翳が枕頭に広がっている。 瞬きを覚えないまま、残像が緩やかに浸…

月葬

寝静まった妻の微かな気息に耳を向けるまでもなく、昇は苦虫をつぶしたような微笑を浮かべている自分を思い、消え入りそうな予感に深く沈みこむのではなく、反対に暗幕でさえぎってしまった。 暗幕の内側に息づくものを映像が終了する案配で拭いとることは出…

まんぞうの新今昔物語 〜 福の神

今は昔の新しいこと、こころもとない年金でのパチンコ帰り、とぼとぼとじいさんが歩いておった。 「春やのにまだ寒い、なんか腹へったなあ~、おっ、ちょうどええところにうどんの屋台あるがな」 風がぴゅ~っと通り過ぎていった。じいさんは身震いしながら…

梅月譚

我が胸奥に仕舞われたるまこともって不可思議千万な一夜の所行、追懐の情に流るるを疎めしはひとえに奇景のただなか、夢か現か、ようよう確かめたる術なく、返す返すも要職の重しに閉ざされたれば口外厳に禁じられたるところ、斯様な回顧もまた御法度なり。 …

続・探偵

路傍の黒衣がきっと符牒なのだろう。夕暮れを取り急いでいるような婦人のすがたにふたたび出会った。 あれからの日数はしれていたけれど、犯人と目された松阪慶子似の悽愴な死は、限りない青みを帯びて網膜に焼きついているに違いない。 なぜなら澄んだ空気…

探偵

くもり空の下、近所の奥さんが颯爽とした着物すがたで道を横切るの見かけた。 年相応なのだろう、喪服を思わせる青褐の和装はまわりの空気を一変させているが、凛とした容姿から受け取る印象は反対に無邪気な風情も備えており、それとなく感心していると、す…

まんぞうの日本ふかし話

むかしむかしと言うてもみつきくらいまえだったあ、えっ、そりゃ、むかしじゃねえじゃと、んだな、ふかしふかし、、、なんだべ、じゃまするでねえ~、とにかく、おじいさんとおばあさんがおったそうな。 ほかには誰もおらん。まんがに出てくるようなのどかな…