美の特攻隊

てのひら小説

火炎樹

熱帯夜、そうつぶやくといいなんて前にあなたから言われたことあったわ。

すると、魔法の呪文みたいに異国情緒を携えた時間が一瞬だけ訪れる、、、なるほど一瞬だけね、総天然色映画のワンシーン、南国の海と人気のない森林、暑気は払われているのかしら、たとえ一コマだとしても魔法には違いないようね。

長く夢想してはいけない、遠く望んではだめだ、すでに知り得ていることをあなたは、懇願でもするみたいに声で諭していたので、ついわたしの方が聞き入れた面持ちでもって冷ややかに微笑み返してあげたのよ。

あなたにとっては従順で素直な態度として感受されたようね。

なにものにも勝る、気持ちのつながりは引き延ばされようが、見失いかけようが、おかまいなくで、肉体の距離さえ忘れてしまいそうになった。

ふと我に気づくあたり、憐れみが粉のスパイスみたいにまぶされているふうで、ふたたび、大事なことを甦らせた顔つきでわたしのからだを抱きしめたわ。忘れ物の場所はまえもって決められているんじゃないかって邪推が働くのも無理はないでしょう。

なにものにも勝る、、、このわたしの肉体は。

だとしたら偉大な陥穽なんだから、少しは大事にしなさいよ。ことが果てるのを快楽が通り過ぎるしきたりみたいに、とらえるのはどうしたものかしら。

わたしの快感とあなたのそれが比較できようもないと互いが気遣うの悪くないわよ、でも合わせたからだの言い分は数値的な意味をもたないし、疲労と一緒に余韻が流れゆく、気怠い失意を見逃し続けてしまうのは繊細さに欠けるわ。

情欲が沸点を迎えた限り、ええ何度も何度も絶頂へとたどり着いた挙げ句は、虚無なのよ。

時間がはじめて冷徹さを放棄してしまったかけがえのない深い空洞、わたしもあなたも果てた先は神秘の沈黙にゆだねるのが美しいと感じる。気怠い失意を養っているものは、互いの顔色にあるのじゃなく、ましてや日々の怖れに裏打ちされているのでもない、たとえそんな思惑がもたげようとも、肉体が交じり合った際に立ち上った熱気はそのままにしておくのが懸命よ。

どうして昔話しなんかで火照りを冷まそうと躍起になるの、ええ、一見そうでもなかったわ、あなたは腕枕に沈んだわたしの横顔から得体の知れないものを感じとってしまったもの、それとも新たな雰囲気にくるまれたかったの、腕枕に提供される意想は割と単純だと決めつけているのね、たぶん。

わたしは無言のままで更に抱いてとは示していない。あなたはあなたで子供がおねだりするときの甘えた目もとをしっかり意識したうえでまた迫って来る。嫌とか不愉快ではではないの、色情のはけ口にされているなんてぞんざいな仕打ちなんて微塵たりとも感じたりしない。むしろいたわり過ぎるくらいだったわ。

一夜の交わりが翌日も行われても、常に新鮮な空気を送りこもうと努めていたように思う。

わたしはあなたを愛してなんかいない、あなたもおそらく同じ、けど肉体の結びつきは決して見苦しさばかりに堕したりしなかった。

奇麗な色をしたリボンは空箱を丁寧に結んでくれていたわ。それを振りほどく手つきは荒々しくもなく、かといって控えめでもない、律儀で慎重で、ところどころ頼りげなく、その分性急だったこともある。つまり様々な触れ合いが試され、繰り返され、忘我だけが理想と邁進したことになるわね。

なら、それでよかったじゃない。わたしはそれ以上でもそれ以下でもなかった。

あらゆる感情なんて不必要で叶うことならたったひとつの想いに支配されて居続けたかったのよ。わたしから空洞を提示し、見届けるまなざしを要求した覚えはないはず。借りにそう顧みるなら、あなたの方がすすんで空洞に灯りを持ちこんだ。せっかく冷徹な響きが途絶えてくれたというのに、なにをとち狂ったのでしょう、大らかで包みこむ優雅と隣合わせの世界に探りを入れてしまった。それほど光源が厳粛だと信じているの、わたしは求めたりしなかった、そんな光源なんか、きらめく肉体のつながりはそれ自体で他を願うことなんかないというのに。

厳粛さはわたしに入り用でなかったわ。あなたはわたしの奥に入りこむたび、ことが済むと激烈な興奮を沈めるかのごとく、肉欲とはまったく無関係の話しをはじめたわね。

解け合いつながり合った裸体の延長にあるべきだと、奇怪な神経を研ぎすませ、そうするのがまるで色香が淫らに放たれた寝床を清める儀式であるかのように、無駄なおしゃべりをした。

分かっているでしょうけど、出来たら聞きたくもないし、それこそすべてを台無しにしてしまうほどくだらない愚痴だったのよ。

そんなに欲情がうしろめたいの、どうして黙って抱きしめ愛撫だけに専念してくれなかったの。とってつけた理屈と勝手な事情に残念だけれど関心は即さなかったわ。

母性がくすぐられる、、、一度だけそう口にした記憶がある。まさかあのひとことにしがみついて来たわけでもないでしょう。だとしたら、あまりに悲惨だわ、くすぐりは一度で上等だったから。あなたからすれば、恥の上塗りは避けたく、しかしあまりに甘く切ない誘惑を持て余していたのか、どっちにしたってわたしは女神さまでも天女さまでもないわ。ただの女よ。

あなたに別の女性が居るのも承知していた。かといってわたしは情況を縛りつけようなんて考えもしなければ、特別な紋様によって飾りつけられて欲しいとも、そうありたいとも願わなかった。何回も言ってたわね、わたしのあそこをゆっくり、じっくり、もっともっと眺めさせてくれって。

いいわよ、花びらなんて乙女な意識は奇麗さっぱり排除してたから、多少は恥じらい口ごもりつつ、存分にあなたの視線を受け止めてあげたのよ。

ほんとう言えば、可笑しかったの。そんなに穴があくほど見つめてみたところで、あそこはあそこよ、わたしのあそこ。

それとも夜ごと、唐草模様やら市松模様やら、花柄や幾何学に構築されていたのかしら。海綿体みたいな場所よ。まさかシンメトリーの妙に関心してしたと思えないし。

一方的な視覚でいったい何をつかみ取りたかったわけ。局所からこころの奥底の図案まで覗き見しようとしていたの。

可哀想ね、さぞかし午後の空は蒸し蒸しするだけでなく、息をつまらせそうな後悔にあふれてるだろうし、夕暮れの悲哀は太陽がこれぽっちも考えていないにもかかわらず、とてつもなく重くのしかかっているのでしょう。

そして沈黙はもっとも堪え難い試練となりあなたを空洞の底に張りつけてしまうのだわ。

束の間の歓びから目をそむけたはずではなかったのにね。