美の特攻隊

てのひら小説

輪花 (りんか)

石ころを蹴りながら下校した記憶が不意によみがえった。

連れ立った帰り道は透けてなく、意地らしくひとり、うつむき加減でやわらかな陽射しを受けている光景が振りかえる。

微笑みで、いえ、気難しそうな表情で、そうじゃない、寂しげに、どれもしっくりこないわ。

不器用な仕草をあたまの中に描いてみせ、更に消しゴムを使う要領で女優の面影を念じながら、忘れ去る。

秋風がきまぐれに頬をかすめると、ゆっくりまばたきをしながら石ころを蹴って、大人びた顔つきをまねてみたりした。

誰にもさとられないよう、しかし、人影の気配をどこかで意識しつつ、密やかに息を吸う。

子供じみた遊戯と知りながら、転がった小石を追い、無心が距離を埋めている、そんなことをぼんやり考えていたのね。

わたしの影は無心でなければいけなかった。

でも軽くあしらったはずの小石が溝に落ちてしまい、記憶はとぎれ、かわりに寄り道の気分がせり出し、先日、甘く薫った金木犀がもたらした心地よさに被さり合ったの。

こじんまりした迷宮、無邪気な探索、吠える犬、しっぽを振る犬、狭い路地を抜けるとき、わたしはいつも新鮮な気持ちでいられたように思う。たとえ何度も通った場所であっても。

濃緑をいくらか残した茂みや煤けた草、陽光を背に震えている寒色の花びらたちを横目に、足早でよその庭へと侵入する。

並んだ洗濯ものが揺れ、わたしの身はこわばり、大人のすがたをかいま見る。けどあくまで探険者の面持ちで悪びれることを知らないふりしてたわ。ひさしの下に隠れてでもいる感じで。

見つかっても困惑も動揺もしない。どうしてかと言うと、わたしは迷子なの、って顔を即座に作れたし、ペコリとあたまを下げる反射的な態度に含みなんか持たなかったから。

犬の逆鱗に触れたことは何回もあったわね、けれど大人に叱られた試しはなかったと思う。もしそうだとしても、すでにわたしの背中は遠のき、意識と動悸は的確になじみあっていた。

乾いた空気にぬくもりを授けようと努める太陽を少しだけ見上げ、孤独を味わう。

秋のせいかしら、、、感傷を呼び寄せることに抵抗なんかない、むしろ感傷がわたしを避けて吹き抜けていくようにさえ思えてくる。

事情はわたし自身が一番心得ているはずなのに、礼儀正しい影がそっと暗幕を張りだしてしまうから、戸惑いを覚えるまえに眼は宙を泳ぎ、闇夜にそれほど心細さを感じず、耳の奥へ届けられる鳥の寝息や葉擦れによって鎮静されるのかも。

無論わたしは影に感謝するつもりはないわ。

本当の影とは極彩色にあふれ、洪水みたいに激しく流れ、ときには最高の恋人を装ったりする。

限りなく身近にありながら、決して触れることも見ることも不可能なもの。夢見るまなざしが遮られている以上、双方の影、、、もしそんな言い方が通用するのなら、ただ不埒なあこがれのような感情が小さく渦をまいているだけなんだろう。愛することなんてあり得ない。

うしろの正面だれ~だ。

寄り道はあっという間に過ぎてしまうから、なるだけ遠まわりしようともくろんだけど、帰路はいつも時間に見張られていた。

ここはどこの細道じゃ、天神さまの細道じゃ、、、わたしは夜へと急ぐ。