美の特攻隊

てのひら小説

夜景

旅ではなかった。生まれ育ったまちだったから。ひと時だけ帰省しているようでもあり、もう長く住んでいるようでもあった。

散歩ではなかった。なにしろ、宵の口から指折り数えてみるとかなり夜が深まっている。

所用があったにせよ、今時分そぞろ歩ているのは帰路へついているからに違いないのだろうけど、夜道に忽然と連れてこられたような違和感はどうにも拭いきれない。

知った道だし、車で通ったこともある。左手には港が眺められる。

驚いたのは対岸の工場から反映するネオンが、黒ずんだ海面を浮遊するあの毅然とした寂寞ではなく、海全体がエメラルド色に染まって夜気に溶けこむのを拒んでいる、まるで真昼の森林を彷彿とさせる新鮮な彩りであった。

ゆるい勾配を歩く足はとまり、その美しく映える海を見続けていた。

そのうち、進行方向から騒がしい音が聞こえてきたかと思うと、極彩色の衣装をまとった十数人の男女がローラースケートを軽やかに操りながら、夜風を切る勢いで向かってくる。

すれ違い様にひらひらとした素材の衣装であることが、夜目にも鮮やかにうかがえ、ひとむかしまえの若者を想い起させた。

時代を少々さかのぼったのか、それとも取り残されたのか、どちらにせよ望郷とは異なり、浅い瘴気がともなわれ気恥ずかしさが残る。しかし、彼らの駆けゆく様子はエメラルドの海にある種の艶を添えているとも云えた。右側に連なる山すそから降りてくる闇を切り裂いているような疾走感があったから。

 

派手やかな一群が遠のいたあと俄然、さきを急ごうと胸が高まってきた。

「海がああして輝いているのだから、河口ふきんもきっと華やいでいるに違いない、、、」

果たして、大きくうねった坂のむこうには夜まつりかと見まがう喧噪が展開されていた。

神社の通りにはやはりお祭りかとうなずかせるにぎわいがあって、夜店がひしめきあいながら沿道に連なっている。オレンジ色の電球が本来よりまぶしく見えるのは、数えきれないくらい灯しを夜に捧げているからなのだろうか。

綿菓子や金魚すくいなど見慣れた光景にまじって、得体の知れない動物の置物や、見たこともない玩具が並べられていたのだが、案外それらに気をとらわれるでもなく、ひょっとしたら誰か知り合いなり旧友なりに遭遇するかもと淡い期待で行き交う人々の顔を見渡した。

道幅が狭くなったほど人出の勢いが増すなか、しばらくの間次第に覚めつつある期待を据え置きながら、どの顔にも見覚えがあるようなのだが、結局誰にもめぐりあうことはなかった。

左に折れる橋を渡ったのは、自然のなりゆきであり、また、その方がこの夜景をよりよく眺められる情趣に添っていたのは言うまでもない。ひとつ橋を越えただけなのに、そこに人影は見当たらなかった。

悪寒のような寂しさを覚えつつも、対岸の灯火を見つめているみたいな落ち着きが、夜の衣服を肌がけしてくれるよう身にしみた。

 

家路を急いているわけではないのだけど、祭りをうしろにする孤独感を省みることは無粋に思えてくるのだった。

 

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