美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い〜3

仔細はまず相当なとまどいを隠しきれないという心理面からの推察、次に宿泊飲食に要する貨幣の問題、現行の通貨は過去では使用できないだろう。

残念ながら聖徳太子のお札は手もとになく、これから調達する間もない。急いで思いつき引き出しの奥から五百円紙幣を十枚を数え、その他にはまったく所有してないことを認める。

40年程前に遡るわけだから、百円硬貨も昭和の刻印はなかなか見当たらなく、あっても昭和40年後半とか50年でほとんど平成の代物だった。それでも数枚かき集めてみた結果、これだけの金銭では当時の物価を考慮しても三日だって怪しくなってくる。実は買いものに対する執着も念頭から切り離せなかった。

Nさんはそんな苦渋の色を見抜いていた。

「私も旧札を工面しましたよ、使いきれなかった紙幣があります。その時代でも通用します」

と言って聖徳太子の大の方を数枚差し出してくれた。

「ではお借りしておきます。ええこれだけあれば上等です。あまり欲を出すのはいけませんから」

確かにこの時間旅行の最大のテーマから外れることは意味がない。答えは簡単、何をしに行くかということに尽きる。

空間移動が無理な以上この町をうろつくしかないし、狭い町だから一日もあれば十分なはずで堪能するまで当時の景色を眼に焼きつけてくればいい、カメラは無用だ。記録を収めにゆくのではなくあくまで記憶を交差させに向かうのだから、写真は断念しよう。

あの時代は港付近に宿屋がまだ沢山あったはずだから、まず一泊して費用を算段すれば何とかなる。飲食物は古びた鞄につめて持って行こう。しかし昭和の匂いが漂う大衆食堂とか、中華そばの汁が香る店先を素通りするのはしのびない。

Nさんによればタイマー設定は転送された時点で修整不能になるそうで、正確に回収時間を告げておかなければならなかった。あれこれ迷ったあげく予定に即し三日間と決断した。さあ十歳の自分に会いに行こう。待っていろよ、きっと記憶は目覚めるはずだ、もう気分は郷愁を先取りしてしまっていた。

「さあでは椅子に掛けてください」

「目は閉じてたほうがいいんでしょうか」

いよいよ時間の旅が待ち受けているかと思えば心音が激しくなるのは自然だろう。死刑囚の心境を察してみるのは難しいけど、直ちに開始されるのか、それとも儀式めいた猶予があるのか、いやいや、遡行に対するNさんから何らかの注意事項があってもいいはずなのに、、、そんな狼狽を胸に往生際の悪い自分が情けなくもあり、また曇り空を見上げるとき上澄みみたいにかすってゆく憤懣のあり様のごとく、落ち着きのなさは保全を願ってやまなく、尋ねる言葉はやはりか細かった。

「開けていてもかまいませんよ。飛行機から下界を眺める要領です」

Nさんの表情を形成しているものを額面通りに信じるなら安心を得るところだったが、患者が医師に対しより確かな処方を求めてしまうのと同じで、もっと明白な助言を優しく受け取りたい。

例えば、過去に生きる人々への接触はどこまで許されるものやらとか、野草の一本まで慎重な態度を保つのは鉄則であるとか、時代の眼は案外厳しく不審者として詰問された場合いったいどう対処すればよいのだろうとか、短い間とはいえそれなりに思慮した事柄が出発まえからこうも噴き出してしまうのは潔くなく、見苦しいのかも知れないが、開眼されるべきものはそうあるほうが正しい、自分の質問は時間の移動に向かう態度である、だからNさんはもう少し丁寧な表情をつくる義務があるはずだ。

唐突な誘いに乗ったのは自己責任に違いないけど、こんな世紀の発明を自分に試させる意義を問うてみたくなるのは当然だろう。

が、憤怒が急速になだめられるよう、喜悦が一気に醒めてしまうように、Nさんに向けられた情意はまるで夢のなかで霧散する光景となって鎮まり、ただ一縷の思いだけが魔法の呼び子となって残され、

「下界だけでなく、天界も同時に目の当たりにするわけでしょう」そうもらしたのだった。

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