美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い~7

さて深い山中でもあるまいし、いくら竹やぶに差す明かりが40年前の光線だとしても山林へと連なる方向と反対に抜ければ、そこはすぐ湾岸に臨める狭い町並みだった。

迷い犬を見届けるようにタイムマシンの隠し場所を振り返っている間にも小高い土地は、見事なまでの眺めをあたえてくれた。

なだらかに続く下方の畑に緑は濃密でなかったが、うねが線状に居並ぶ光景は足もとまで匂ってきそうな土の香りを含んで、北風に運ばれてくる町全体の息づかいを背景に過ぎ去った時間がめぐって来た。

見るからに走行車がまばらな国道を境に畑はいったん途切れながら、点在する民家を取り巻くよう再び土の領分は広がっており、瓦屋根の平べったくも夜空を吸い込んでしまったふうな燻った色合いの均一なこと、曇天の本意を汲んでいるのか、陽光と風雨の日々を寡黙に見守っている青銅の屋敷神を彷彿させれば、道行く人のすがたも生き生きとした歩行に見え始め、顔かたちがまだ明瞭ではない距離を計るまでもなく、自分の両足は軽やかな風に吹かれた調子でこの界隈の大きな交差点まで進んでしまっていた。

現在では削りとられ面影を残しているとは言い難い中央公園の小山もほぼ原型をとどめているのが分かる。信号機が青に変わる合間さえ慈しむよう視界の映りこむ光景に陶然としていれば、休む暇もあたえまいと、建設予定地になっていたグランドに行く手をはばまれ、以前写真に収まっていた雰囲気とはまったくの開きがあるのを知る。

さほど遊んだ思い出もないけど、生家がこの道筋沿いであるから遠目にしろ、日常のうちに連なっていた場面は記憶の欠落も手伝って、どこか見知らぬ空間に赴いたときみたいな疎外感を招いてしまった。

だが、野球場としても利用されていた名残りが一部の金網からうかがえるし、何より小道をまたぐのを諌めているとも言える銀杏の黄色が道のすがたを塗り替えている。

落ち葉はまるで絨毯を敷き詰めるために空を舞ってきたのだと聞かされても違和を唱えられない。

やや深みががった、けれども鮮やかな黄が放つ色調に枯れ葉の名はそぐわない、幾重にも積もった銀杏の木の下こそ町のなかの森ではなかったか。

屋根のうえまで枝が垂れていても営業していた食堂も目に飛び込んで来た。

どぶを挟み暖簾をくぐるような店だったから一度も入ったことがない、小学生の低学年の時分だ。この店に限らず子供同士の小遣いには幾らか足りなかった。記憶のなかではこの数年先に閉店し取り壊されてしまう。食事はなるだけ鞄につめこんだものを食べるよう努めるつもりだったが、一面銀杏に支配されているなか、黒ニスもはげかかった店構えには相当惹かれるものがあった。

夕飯には早いに決まっているけど、おやつがわりにうどんってはどうだろう。

ほら品書きが戸の隙間からちらりと見えている。いきなりの外食もどうしたものか思案してみた。鞄の中身は下着と乾パンみたいな軽い持ち物で、重量がかかっているのは桃の缶詰二個だけだった。記念すべし40年前の食事じゃないか、何を躊躇しているのだ。

身なりだってこの時代にありふれたねずみ色の上下スーツに白シャツ、おまけにコートはたいぶ前に古着屋で買った同じく灰色に少々だけ暖色で織られた年代ものを着用している。頭には地味な鳥打ち帽で出立ちに落ち度はないはずだった。