美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い~8

普段あまり頻繁にしない仕草、腕時計を目もとまで持ってくるせわしなくも気取った素振り。

予行演習ではなかったけど、そんな自分の心中とはうらはらにじっとしていられない子供の感覚が、すっかり目覚めてしまった。「3時20分」まだ時間はたっぷりある。

そう思案していたところ、下校時の学生らがいっせいに銀杏の木を通り過ぎ出した。高校生にしては随分しっかりした顔つきをしているじゃないか。男子より女子のほうが更に大人びているようだった。

当時の学生に紛れあれこれ思いをめぐらしているうちに生家が迫ってきた。竹やぶからたいした距離でないことを努めて忘れていたかのようである。

これも不安からくる一抹の防衛本能なのか。だとしたら随分おそまつな意識の戯れでしかない。だめだ、内省に耽っている場合じゃないだろう、しかし両親健在の家屋はすぐ間近で、家並みこそ経年の移ろいはあるけど、極めて密度の高い感情に支配されてしまっている。足付きを遅らせるぎこちなさにあらためて時間旅行の現実と真正面に向き合った。

怖れと期待があたかも猛烈な速度でぶつかり合っては砕け散り、その実とめどもない陶酔の渦に巻き込まれ、あたかも惑星が生成されるがごとき沸点のまっただ中に立ちすくんでいる。そう、まさに立ち止まってしまったのだった。

いくらなんでも性急過ぎはしないか、自分が考えあぐねた三日間という期日に即す実態からあまりに隔たっている。猶予は名残りの面貌で現れるのではなく、恐懼の仕草を要請される一場面に集約しており、時間の停滞を徹底して賛美する破顔のみが陽射しを浴びているのだ。

自分の影に笑いかける余裕は表情がつくられる以前に消滅し、薄ら寒い風に運ばれてしまっているのだろう。

ああ、いいともこっちにおいで、、、

声には出していなくとも誘いに技巧はいらない、少なくともこの光景においては。

もの珍しいのはお互いさまだった。自分は一人っ子だからよく玄関先から道ゆくひとをあてどもなく眺めては、いざ視線が交わされたりすればすぐ羞恥に身をこわばらせていたものだ。その癖、見知らぬ大人から菓子を与えられても拒んだりすることなく、悦にいっていた。

「それ以上近づいたらいけないよ」

聞き取れるかどうかの頼りないかすれ声が十歳の自分に届けられる。お菓子やおもちゃじゃない、空疎な意味を背負った意地が喜悦に導かれ、それがぬか喜びであることを承知しながら、眼前の少年に語りかけた。

「何もみやげはないんだ」

案の定、少年は訝しさの裏に恥じらいを忍ばせ、自分との距離をはかろうとしているが、好奇心は温存している。

「みやげってなに」

遠い響きをもった声だ。ちょうど小さな落石の自在であるごとく、その場に崩れ落ちてしまうくらいに。

「あっ、ごめん、ごめん、ひと違いしたみたい」

少年の目にもどことなく哀しみが宿っているようで増々、胸が苦しくなってきた。どうすればよいのだろう。このまま予定通り港まで歩を進めるか、ゆとりを忘れた実況にすべてを託すべきか。