美の特攻隊

てのひら小説

Winter Echo

語るべきして語られるわけもないはずなのに、普段とは違った動作のうちに重ね合わされるよう、ちょうどナレーションと云った趣きで音像が言葉の響きに歩みよろうとしている。

つい先程までこうして開け放たれることが久しかったガラス戸は、以外な結末を迎えた連続ドラマの緊張が過ぎ去ったあとのように敷居からはずされ、思いもかけなかった光景とすがすがしい外気を家屋内に引き入れた。

家具たちも同様、いつもの配置が乱されたことには違いないけれど、重い腰を上げることがとても気軽にそして気持ちよく感じる運動となっているのか、その思いを代弁することが当たり前のように、決して筋道だった考えでも満ちあふれる感情でもなく、こころのなかに新鮮な言葉を浮ばせることに助力しているようだった。

「かけ声なのかしら」今から振り返ればそうであろうし、おそらくその感覚はたわいもない発露としてこれからも優しく鎮座し続ける素振りで、北風が時折、目に見えそうな勢いで裏庭まで駆け抜けていった想い出のうちに、冷たい目薬がもたらす親しみとなり瞬時に消え失せてしまうのだろう。

煤払い、あるいは大掃除と呼ばれた年末のあの情景を、美代はしみじみと追想し始めようとしていた。

ものごころついた折より一家総出の恒例だったのかは裏覚えでしかなく、記憶を隅を探ってみれば毎年似た場面が切れ切れに呼び起こされ、ある特定の様相が、ほとんど夢のひとこまにも近い鮮やかさでもって散っては結ばれる。

裏庭に集められた各部屋の障子を思い存分に破ってみる試しが、幼いながらも大胆な行ないであることを感じたこと。

それは普段より母から小うるさく諌められている留意に裏打ちを受けた、文字通り型破りの原点を体験したと云うよりも、部屋を仕切る木枠に貼られた白紙が外気にさらされ、こうもたやすく一気に無造作に、無惨なすがたに変貌することを知りながらも、同時にためらいを育んでいた童心に怖れをなした瞬間であった。

両親ばかりか祖母まで「美代ちゃん、これ今から張り替えするからバリバリって破ってごらん」と聞かされた途端にからだが萎縮してしまったのは、規律からはみ出す不安よりもっと根源的な、一年毎に刷新される時間の節目がとてつもなく奥深い押し入れの底から、顔をのぞかせているようで仕方なく、あまつさえその正体を見定めることを想像してみるにも、一向にかたちを為さない故のとまどいによるものだろうか。

もちろん、そこには不明瞭さだけが慄然と居座っているわけではない、反対に比重を占めているのは以前、祖母が話していた除夜の鐘にまつわる大晦日の夜の不思議、まだ見ぬ深夜の通り、年が明けるという現象が体感出来る清めらた明徴、隣近所の家々からも漂ってくる静謐にゆだねられた気配がかもす共有した空気は乾燥した冬景色の純度を深め、胸の奥底まで荘厳を満ち寄せる。

幼少時、お祓いごとやまつりごとなど何も知りはしない、、、ただ、大掃除を含めた年の瀬がもたらす雰囲気の裡に荘厳は宿っていた。

もしくは陽気な無限の遊戯の始まりでありながら、当日に終わらせなければならない定められた迷宮であった。

すると今でもそのまま大人に成長したのだとと親しみを抱き、反面あの時分より不気味な存在であった兄、久道の冷ややかさと熱気も、まるで紙芝居のなかの静止画のように思い出される。

「いいかい美代、そうやってむしりとるんじゃなく、こう念じながら剥がすんだ」

「だっておばあちゃんも好きにやっていいって」

最初の当惑をいつくしむよう、障子が本来の役目から逸脱して木枠で組まれた玩具でありながら、どこか生き物でもあるみたいに破れ目から庭の木々や塀、いつになく冴えわたった冬空の青みを覗かせた異相は、次第に美代の動作を緩慢にさせ時間の推移を停滞させた。

父母は階段や廊下の雑巾がけやら、神棚の清掃やら、各自分担作業にいそしんでいたので横合いから兄が喋りかけてくるとは思いがけず、また口にした文句には新たに揺らぎを植えつける怪訝さで膨らんだ。しかし口先とは裏腹に久道はそれ以上、美代に対し自分の仕草を強要するわけでもない。

右手の人さし指と中指をあわせ、紙の端までなで付けるようにして、わずかに両の爪が残滓をなぞっていくのである。何かひとりごとを唱えているかにも聞こえたのだが、よく意味が知らされないまま、さっと身をひるがえしその場から立ち去った。

兄の奇妙な身振りは以外や、美代に鮮烈な好奇を授けた。ちょうどテレビで放映されていた謎の怪人に共感する刹那的な憧憬だったのだろうか。とても独りでこなせそうにもない障子の数に向き合う身に降り注いだ乾燥した陽射しが、午前のものであったのか午後のものであったのかは忘れてしまった。

粛然とした光線は限りなく澄み渡っていた。

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