美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い~11

時間は曲げられない、、、想起されるべき出来事はもはや内なる壁を破壊して、脳の天井に風穴を開けさせ、四肢は操り人形よろしく勝手に踊りだし、潔さを通り越して忌まわしい解体に突き進もうとしている。他者に責任なんかない、むろんNさんにもだ。

高ぶり寒気の迫る夜更けのなかで、時間は的確に過ぎ去っていった。

哀しい夢を見た気がするのだったが、内容はよく思い出せない。同じ過去でも今は外界に向っていかなくてはいけないのだ。そして宿の勘定をすませ、いよいよ40年まえの風景を目に焼きつけようと試みた。

これさえ韜晦でしかなく、先の意気込みは濁った沼に沈んだ宝石と讃え、徹底して自らを侮蔑した。が、強迫観念を引き合いに持ってこようとする自愛は、まるで自動装置に等しい稼働力で周囲の退色した情趣を奪い去ってしまう。

気力が失せるというよりも、時間がはらむあまりに強大な圧力に準じるほか手だては見つからない。違う、発見できないのではなくて、その反対なのだ。自分は時代に逆らったりしたいわけでも、自虐的な振る舞いを起こそうなどとも考えてはいなかった。

痛切な気分だったが、悲鳴をあげるほど衝撃にまで達してはおらず、しかし、焼きごてを素肌に押し付けらている苦痛は走り去ってしまっているのだろう、懐かしの町を散策してみる意欲は微塵もわいてこなかった。

ただ悄然と足の向くままに、港から河口へ、視線は寒気にさらわれ、枯れ木が微かに震える様を眺めていたに過ぎない。

そして小学校の手前付近でふたたび宿の界隈に後戻りしてしまった。ここでも時間はせき止められている。せめて可能なのは父に連れられた思い出のある当時としては新装の食堂をめざし、暖簾をくぐることぐらいだった。

店内は昼まえだったので客もまばらで、香ばしい出汁とカレーの匂いが混ざりあって鼻をつく。こればかりは鮮烈な懐かしさを抱え込んでおり、思わず涙がにじみだし、あわててとりあえず酒を注文した。

 

二本目を開けたあたりで父の幻影が今はなき食堂に立ち現れた。

「中華そばにするよ」

「もっと他のものにしたらどうだ。せっかく来たのに。お子様ランチもあるよ。ミートスパゲッティだってさ、色々あるなあ」

「中華そばでいいよ」

決して意固地な態度ではなかった。ただ、他のものを食べた経験がなかっただけである。お菓子やアイスクリームなどには駄菓子屋でそれなりのこだわりを発揮していたにもかかわらず。

子供の領域、、、どんなに背伸びしてみても大人の世界に手は届かない、だからこそ小さな囲いのなかで空想に耽るしかなかった。

おもちゃに飽きたら、裏庭に羽を休めるスズメや名も知らない鳥たちを見つめ続け、あるいは道ばたで見かけない猫や犬と出会ったなら、追いかけるか逃げるか、どちらにせよ、未知の世界を切り開いている実感は知覚とは別の受け皿に盛られていたように思う。

父のすがたが目のまえからすっと消えた。

更に酒を求め、中華そばを注文した。待つ間、鞄の奥にしまい込んであった数枚の写真を取り出し、テーブルの上に並べてみた。

自分の成長記録といっても過言ではない少年期から成人中年にいたるまでの写真である。記憶との交差もまた詭弁でしかなかった。実際この時代を写すことに意味はない、何故ならこれら証拠物件を切り札にと持込んだ時点で答えははじき出されていたのであり、運命は目前で巨大な太鼓の響きを打ち鳴らしていたからであった。

中華そばが運ばれた。うまそうだ。割り箸をつかんだ手が微かに熱をもった。