美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い~13

潮風がわずかに入り交じっているのだろうか。浜辺を背に小学校へと向かった身はあたかも波の打ち寄せに、押し流される貝殻を演じているようで、肌寒さを感じることはない。

空洞に吹き込む風がことさら意志を秘めていないように。

逍遥とした風情であるならば、、、世紀の発明に似つかわしい面持ちで闊歩したかもしれないが、今の自分がたどる足つきは半ば狂気を宿したほの暗い夢想に操られている。

ひだまりまでゆき着く時間は呆気ないほど短かったけれど、潮風に対峙した北風のわびしさと愁いは、夢想の奥へ眠る希望を芽生えさせた。あくまで径庭を自覚しての混濁した未来であったが。

すでに校舎からは生徒らがちらほらと勢いよく飛び出している。もう秒読みの心持ちになった。

目が泳ぐ。足が止まる。さながら時限爆弾を小脇し構えている佇まいだ。心音も期待を裏切らず急激に高まり、手のひらには不快間際の汗がにじみ出る。焦点は記憶の彼方からあらかじめ結ばれていた。

はじめて異性に気をとられた折、あえて視線をそらす不本意な羞恥に自らの気持ちを確認せざる得なかった、あの明確な縁取りが施され、40年まえという過去に舞い降りた奇跡がようやく意義を見いだしたのだ。

この瞬間をどれほど恋い慕い、あるいは遺棄すべく封印してきたことだろう。まったく相反するふたつの思念が今まさにひとつに溶け合おうとしている。

 

ひだまりの許でぬうっと立ちはだかった影を少年は見上げた。

「あっ、きのうのおじちゃん、、、」

「ここが好きなんだね」

「すぐ家にかえってもひとりだから」

「おばあちゃんはどうしてるの」

「しらない、雨ふりの日しかあまりいないよ」

「そうだった」

少年のこころは揺れていた。

来るべき将来を司る影が自分を覆い、なおかつ現在それ自体が宣託に等しいのだと、強引にたぐり寄せた不穏な空気に包まれていたからである。

意識の黎明はもう始まっており、契機を待たずとも自重でぬかるみへ呑まれるように、あるいはとるに足らないと嘲ていた小火があっという間に燃えひろがるように、禁断の花園は悪鬼を誘い、魅惑の憂慮を厳命の名において授けていった。

ちょうど40年まえの今日、自分は見知らぬ男に声をかけられ、生来の好奇心になびくまま竹やぶまで着いていった。

もっとも危惧したのは同じ轍を踏む情けなさより、宿命は時間にどう近づくか、そして為すべきことを回避した場合、この精神は果たして正常なままでいられるのかという、何ともねじれた自己確認であった。

この期に及んで保身もないだろうが、ひとは発狂に至ったとしても防衛本能を根こそぎ失ったりはしない。

いや、むしろ生死の境目に立ちすくむ状況だからこそ、死の重力を明快に感じ取り、反動のエネルギーを発揮する。

厳密には生の衣を貸与される、そう言い直したほうがいい。太古の人々が畏敬の念を捧げていたのは時間の果てではなく、季節の節目などに降り立つ妖気をまとった現実そのもの、時間の粒子を受け取ろうにも指の隙間からこぼれ落ちてしまう無念であった。

たかだか40年とはいえ、歴史は歴史だ。自分に残されていたものは不実な忠誠だけだった。