美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い~14

あの日からの記憶が模糊とした霧のなかに滞っているのは、いや、悪夢を忘れたい一心が貫かれたに違いない現実は、今となってみれば自分の生き方をしっかり腰と据えて回顧する試しがなかったように、日々の連鎖にすべてを託し、見るもの聞くもの、触れるものは恩恵であるなどと不遜な意識を育んできたからであろう。

少年の向後は極めて平凡であり、奇跡が生んだ跳梁でも、異形が編み出す紋様でもなかった。

路上からはうかがい知れぬ土中の水管に流れが絶えないごとく、自分は経年の水道工事を振り返ろうとしない凡庸な半生を過ごしてきた。

疑問であるなら疑問だろうが、脳裏に上らない、上らせない限り奇跡は土中に埋まったまま懐疑は風化される宿命を余儀なくされた。これが時間と歴史が織りなした平穏無事という圧力に思える。

なら繰り返すべきではないか。

Nさんから連絡をもらう以前より自分はタイムマシンの存在を心得ていたのだ。

どこが発露でなにが要因かなんて探る余地はなく、あるのは宇宙開闢の謎に対し想い馳せるようなまなざしだけで、それさえも立脚点の不在を補うために用意された杖でしかない。

杖は悪ふざけよろしく望遠鏡となり、片方の眼に夢見を、もう片方には忘却を覗かせる。まるで遠ざかる星雲からいさめられる様相で。

どうして未来から使者がやってきたのか少年にしてみれば考えることは不可能だった。同時に自分の胸に手を押し当てる不安は謎めきから引き出されはしない。時間に反抗する意思のなさはとうに決定されている。

ただ少しばかり小躍りしてみたかっただで、これは祭りの狂躁に通じるものがあるのでは、そんな負け惜しみを絞り出す。

ひだまりの静寂は祭りが終わったがらんとした空間に影絵を投げかけていた。

ゆっくりと地を這う蟻の群れがふとした加減でひとかたまりの形状をあらわにし、自然に理に抗う気配を見せ始めた矢先、少年の声は悲痛な響きを地面にたたきつけた。

「ぼくがどうかしたの」

上目遣いだが、小動物の危険を察知したような潤みが辛かった。

「いいや、そんなことないよ」返す言葉の語尾が震えている。

「じゃあ、なぜ、ついてまわるんだい」

「そうだね、まったくだ。授業は終わったけど説明を聞いてもらえるかなあ」

これだけ言ってしまうと、あとは動悸も静まり、幼き日の自分にめぐりあえた歓びが、さきほどの中華そばの温もりをともない体内からあふれ出した。

「なんだろう」

「とても不思議な話なんだ。たぶん漫画やドラマよりずっとずっと面白くて、怖くて、驚きでいっぱいだよ」

「ふ~ん、そうなんだ」

まだ怪訝な顔色を隠しきれない少年の瞳に自分の淀んだ姿が映っている。が、不審な表情のすぐ裏側にはとても鮮やかな花のつぼみが仕舞われており、まだ見ぬ笑顔にうつろうの予感をよぎらせると、ためらいなくこう言った。

「これから探検に行かないかい」

唐突の意見に聞こえたに違いないだろうが、少年の夜へと言葉は伝わったと思う。

そのしるしに肩先が少しだけ前のめりになった。探検、、、この語感は自分らにとっては至上の合い言葉なのだ。

花咲くときを見定めたい気持ちが昂じるにつれ、理性とやらを吹き飛ばして、すぐにでも少年の手を取りそうな焦りを感じた。

「ひるごはん食べないと」

頼りなげな、しかし明快なこのひとことがなければ、きっと誘拐犯の風貌を見事にあらわにしていたであろう。