美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い~15

「それならタコ焼き買ってあげるよ」

まるで己の腹具合を心得ている台詞に苦笑をこらえながら、そう答えると少年の顔がうっすら緩んだ。

ひび割れた鏡などではない、曇りさえ覚えぬ澄んだ瞳のために差し出された自画像であった。

「細道を抜けていこう」

ひだまりの奥は家屋が密接した隙間なのだが、少年と一緒に難なくすり抜け路地へ出て、民家と見誤りそうなタコ焼き屋に赴いた。自分の足が軽いのは一心同体である証なのだと、気恥ずかしさにそそのかせつつ晴れやかな顔で店先へ立った。

「へい毎度」

「おじさん、、、」

そうこころの裡で声をだした刹那、自分のほうがすでに年かさであることに言いようない驚きを感じ、あの機敏な仕草がときを経て眼のさきに浮遊している錯誤を得、言葉をつまらせてしまった。

思えばやにわの邂逅に見舞われたのだから、遡行してから見知った顔を探し求める余裕などはなく、決断の意はここに来てようやく過去の情景に見入ったといえる。

こみ上げてくるものは自愛とは別種のさざ波を思わせる静かだが、はかり知れない見晴らしをともなった懐かしさであった。又こじんまりとまるでおもちゃ箱の底に潜んでいたようなうれしさだった。

「元気そうですね」

空言だけれど、そう口さきが勝手に動くのを自分は厭うどころか、とめどもない感謝の念を抱きながら了解した。

「お陰さんでねえ、丈夫だけが取り柄でさあ」

溌剌とした語気に乾いたぬくもりを感じてよろけかけたが、気を取り直し「大をふたつ下さいな」そう言った。

このおじさんはもとの時代では亡くなってから久しい。

「よかったなあ、今日はいっぱい買ってもらえるんだ」

店主のまなじりに呼応するよう少年の表情にも明るみが射し込んで、照れた素振りで自分の脇に身を寄せた。

「はい、どうもありがとう」

「ありがとう」

そして寒風から逃れる勢いをまねて、あるいはタコ焼きが冷めてしまう事態にことさら意味をなすりつけ、家路へ連なる途中にある市役所の芝生をまたぎ、ちいさなベンチに腰をおろし、まだまだ温もりを失っていないタコ焼きの包みを開けた。

「食べながらでいいから聞いてくれるね」

いくら子供とはいえこんな安直な代物で奇跡を押しつけようとしている自分を恥じてみたが、切ないかな、とまどい勝ちに手をつけようとしない少年の意地らしさと、更にタコ焼きの味わいまでが我が身に通り雨のごとく降り注いで、涙を装う。

今なら引き返すことは可能だ。感傷でも理想でも夢でもない、ましてや宿命という名の意志に翻弄されていると言い切ることは出来ない。深読みするまでもなく、自分は正体さえつかみきれない既視感に惑わされているだけだろう。

ひたすら幼少期の夢想を成し遂げたい狂気を賛美してやまなく、自己陶酔の彼岸にたどり着いた以上、記憶の迷路は出口を日常に見いだすのではなくて、歪んだ回路にこそ光輝の道程を探りあてたく悶えているのだ。

欺瞞を駆使したというには抵抗があるけれど、実際問題、帰着すべき箇所は己の意識を解放する悲願に通底している。

少年は自分であって自分ではないのかも知れない、、、肉体、意識、記憶が此岸から眺められる限り、そして意思の疎通がはっきりと打ち出されない以上、人格は厳粛であり、どうあがいても肉体の合一はありえるはずがなかろう。

土壇場で決意を鈍らせたとはいえ、あくまで自分の顔つきは覚めた色調を保っていた。そのときだった。

少年が応えたのは、、、

「はなし聞くけど、ぼくにはわかっているよ」

「何が、、、」

「おじちゃんはぼくだよね。タコ焼き食べないの、大ふたつだよ」

 

Nさん、もしあなたがここに居てくれたら、きっとこう尋ねたに違いない。

「わたしは誰なんです」

するとこう返事される。

「それは分かっているはずでしょう。思い通りにしなさい。過去も現在も未来も」