美の特攻隊

てのひら小説

フラグメント

一席おつきあいのほどを。

こう寒くなりますってぇと、ついつい出不精になりがちになりまして、まっ、外出をためらうのは仕方ありませんが、からだの動きも鈍ってくる、日曜なんざ寝たきりを決め込んでもかまいませんがね、休みの日に限って普段から放りっぱなしにしたあれこれが気になってまいります。

やれ分別ゴミだの、整理整頓に風呂掃除、今時はかかあにすべて押しつけようもんなら、えらい剣幕でどやされますな。男女平等、夫婦円満、明るい家庭には笑顔が絶えないときたもんだ。さて世間では断捨離とかいう殊勝なこころがけがありますそうで。

 

くま八とおすみと聞けば、市井でも評判のおしどり夫婦。所帯をもってはや三歳、子が授からないのがちょいとばかし残念なぞとの陰口もたちまち消えてなくなる睦まじさ、おまけに夫婦そろって器量よしのうえ人当たりも申し分ないとくれば、まるで絵に描いたような理想像でございます。

「おっ、くま八さん、今日も顔つやがいいね。あんなべっぴんさんを持つてぇと違うもんだね。まったく色男冥利だ」

「からかわないで下さいよ、そんなんじゃありませんや」

「謙遜しなさんな、ひともうらやむなんとやら。まさか浮気の虫なんざは」

「勘弁でさあ、冗談きついんですから」

「すまなかった、へへ、ところでその荷物はどうしたんで」

「はあ、おすみに急かされましてね、年も改まったことだし、いらぬものは捨ててしまおうと」

「こりゃ、まいったね、物持ちの言うことは違うね」

「なにをおっしゃりますやら、朽ちた草履に欠けた茶碗、折れたつい立ての類いですよ」

すると相手は腕組みをしまして、神妙な面になり、「あっ、そうかい」とだけ言い残し、くま八から離れていきました。

「おかえなさい、部屋がさっぱりしましたよ」

澄みきった瞳で亭主に話す声もまたさわやか。

「そうさな、昔から古い道具は化けるとかいうからね」

「いやですよ、そんな気味の悪い、いくらお前さんとこの家訓といっても後生大事に仕舞いこむのは限度があります。お化けなんか出やしません」

「そりゃそうだ、九十九神付喪神になるほど古かあないし、でもあの茶碗は夫婦になったときに買ったものだ、捨てるにしのびなかったなあ」

「すいません、わたしが粗相したばかりに」

「いいんだよ、かたちあるもは何れっていうじゃないか」

ご両人のやりとりまことに優しさがこもっております。が、くま八にしてみますと、やはり先祖代々の倹約のいましめが肌にしみ着いているのですな、百年もまえの代物ではなきにせよ、使用できずとも、ものは大事にしなければ罰があたる、そう信じているわけでございました。

夜四ツにもなりますと夫婦はすでに夢のなか、往来を吹き抜けてゆく北風のみが侘しげな音色を奏でております。

闇にまぎれた怪しげな物音もあやかりでしょうか。おすみがそれを察しまして、恐る恐る首をもたげますと、カタリコトリと小石を打つような響きが耳へ入って来ます。

かまどのほうだと気づいたときには、眠気も払われ、隣のくま八の胸元を布団越しにゆすって、

「ちょいとお前さんたら、、、」

消え入るような小声で目覚めをうながしますと、

「どうしたんだい」

ひやりとした空気が寝ぼけまなこにしみ入り、さも大義そうな面持ちに無理はありません。

「妙な音がほら、かまどの隅から」

「うぬっ」

くま八にも不審は募ったようで、「どうせ、ねずみの仕業だろう」と口にしたものの、からだはこわばっております。

「見てきてくださいな」

「わかったよ」

そっと行灯を抱えるようにして立ち上がり目を凝らしてみれば、

「なんでえ、茶碗がぶつかり合ってるぜ、これは一体」

「あれま、ほんとに、ねずみなんかいませんわね」

同じ驚きでもおすみのほうがどことなくあっけらかんとした口ぶりで。

「お前さんの執念かしら、なら捨ててこなかったと話してくれればいいのに」

「馬鹿いうなよ、おらあ、ちゃんとまとめて、、、」

「じゃあ、どうしてそこにあるんです」

「こっちが聞きたいよ」

「聞くもなにもああしてうれしそうにひっつき合って、気持ちよく鳴ってるじゃないの」

「なんだい、さっきは気味が悪いなんて言ってたくせによ」

「あんなにひびが入っているのに大丈夫かしら、割れてしまわないかしらね」

「まったく変だぜ。茶碗もおまえも」

「あら、そうですか。あたしはなんかうれしくなってしまいました」

「お化けのまやかしに喜んでいる場合じゃないだろうが」

そう吐き捨てるように叱りますと、あら不思議、茶碗の動きがピタリと止んでしまったではありませんか。

「お化けなんていませんよ」

「そうかな、今までいたんじゃないか」

「もういませんたら」

「随分とすましてるなあ、でもどうやらそうらしいな」

「想い出の品ですもの」

その夜更けのふたりの抱擁にあてられた茶碗が朱をさしたように、ほんのり色づいたのを仏さまもご存知なかったとやら。

お後がよろしいようで。