美の特攻隊

てのひら小説

化粧10

人知れない物陰に佇んだときに感じとるような、たおやかな気配にくるまれている。
微風がそよいだと感じたけれども、たぶんそれは目覚めが引き起こした小さな吐息に思えて、そのささやきに似た声音で誘われるまま玲瓏とした調べに酔いしれるよう、没我の境地をさまようこころを保ってられるのは、今日が日曜日か祭日の朝であることをおぼろに知りながら、布団に身のぬくもりを確かめつつ、足のさきに触れるひやりとする仄かな反応を愛でる安らかな眠りのあとさきが窺いきれないからであった。
たなびく夢想の架け橋が消えかかる頃合いの、こうした余情にあふれた、しかしあくまで幽寂の森に造られた舞台は、夜霧の彼方に忘れられることを嘆いてはおらず、水平線へとけ込んでゆく送り船を見やるときによぎる快活な得心で寂寥から離れようと努めている。


階下の仏壇まえに床を敷くならわしであった祖母は曜日に頓着することなく、天候さえ悪くなければほとんど早朝から外出していることが多いけれど、両親はじめ兄も美代もいつもの起床時刻より確実に遅くまで寝ているのが休みの日の習慣だった。

二階のふすまを隔てた向こうに両親が、廊下をはさんだ部屋に久道が就寝している。

ときには誰よりも一番に目が覚めてしまうこともあったが、別に早起きして何をするわけでもなく、家族が深閑として寝息すら立ててない様を邪魔してしまうのも心苦しく感じられ、そのまま寝床でぼんやりしていた。
カーテン越しの日光は黄味がかった生地の色を一層に萌え立たせるようにして、室内に充満しながら抑制の効いた輝きをもたらした。

黄金色のまばゆさはたった一枚の布地にさえぎられた憤懣をあらわにするどころか、広大な大地を素通りしてみせる余裕をしめし、電燈では到底およぶすべもないひかりの浮遊力を具現しているのだろうか、美代の視界は揺曵された夢幻を呼びもどす努力なく、肉親たちの眠りのなかに自身を忍ばせることが可能な情景を思い描くのだった。


そう云えば、休日に限って望美のところを訪れた試しがなかったのも他の友達と同じで、今から顧みて顕然としているのは、やはりうちと同じように父親が寝坊し日中在宅していた影響があるからと思い、常日頃からあまり面識のない相手に躊躇して、ある種の圧力みたいなものを事前に察すると云うよりも、おのずと遠慮勝ちに傾く分別が通底していたのであって、たとえば夕刻過ぎれば互いの行き来を控えるのが当たり前であったように、夜分の訪問と同じく何らかの訳ありでない限り、日曜日には近所のなじみであろうと普段通りみたいな気安さは憚れていた。


美代はある日、ひとつ年下のおんなの子から笛の稽古をせがまれていたことを思い出し、数日過ごしてしまった懸念をはらう為に家が近い理由もあり、日曜の昼前ころにそこを訪ねたことがあって、その折に目のあたりにした玄関から奥の、いつもとは雰囲気が打って変わってしまったような隈が家屋全体に棲みついている怪訝な具合にとまどい、それはまた応対に出たおんなの子の母親の化粧気が剥奪された生彩ない顔色を直視出来ない不甲斐なさに繋がれ、なおかつ不機嫌な相手の様子があきらかになる予感を抱いてしまって、用件もあやふやに早々と引き上げてきた記憶を去来させた。
今では休日の方が友人や縁者と交流する機会が増した気がするけれど、、、これはわたしたちが大人になって仕事や家事から解放されただけなのかしら、、、子供たちも一日中よその家で遊んで食事までごちそうになって来てるし、、、当時の風潮みたいなものが現在とは違ってきたのかも。

美代の脳裏に知人はさておき、自分の家にもどういった血縁にあたるのか判然としない人々が午後も半ばをまわった頃合いによく訪ねてきていた光景を思い返すと、なかには高齢者も交じっていたこともあって自分とはかけ離れた存在、後でそっと両親に名前を聞いてみるのも億劫な気分は事前に形成されていたのか、あるいは例の人見知りが加減したのか、物覚えの曖昧なのはどうした理由かはかり知れない。

しかし、ひとつだけ明確な記憶はおそらく祖母や父方の親戚筋であったと思われる年配者が、
「美代ちゃんか、大きくなったね。段々と親に似てくるもんだなあ」
と、同じ言いようを同じ声色で(何故かしらなだめられていると痛感してしまうほどに)投げかけられたときのむず痒くなる恥じらいが、今もってはっきりと胸の奥からしみ出してくる甘酸っぱい思いが、印象深かったということである。
邪気の欠片すらあるはずないと疑うことを知らなかった大人たちの社交に陰影をかいま見たわけでない、どちらかと云えば彼らが自分に肉迫してくるみたいな、妄想をたくましく育成していたと解釈したほうが正解なのだろう。
大人が単に怖かったわけではなく、子供である自分もやがては成育してゆく過程が断片的に、そうちょうど割れた硝子の破片のごとく無闇に突き刺さってくる雑念に過剰に反応したみただけで、どうしてかと問われれば、甘いお菓子ならともかく、得体の知れない微笑みほど不気味な好奇心を含んでいると感じずにはいられないこの身が、空恐ろしくて歯痒かったからだった。

 

陽子の部屋も二階にある。息をひそめたふうに静まった日曜の空気は年月を経て、古びた追想でありながら鮮やかによみがえった。

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