美の特攻隊

てのひら小説

化粧13

何日か過ぎて望美は、語ることに意義を見出したのか、小耳へ挟んだり実際居合わせた姉らのうわさを美代へ懸命に報告した。
ラブレターをもらったと自慢気に話し自分の方からも二回ほど渡したことを正直に言うあたりが姉らしいとか、眼鏡の同級生に限らず家へ集まる同年らはけっこう異性を快活なもの言いで品定めしていること、ある日など、一番口数の多い生徒から頼みがあるんだけどさ、あんたでチューの練習させてくれないかって真顔で迫られ逃げ出したとか、その際薄ら笑いを作っていた姉がとても憎らしく感じたこと、あるいは美代の関心に応える調子で、いくらなんでも陽子本人はそんな無茶は口にしないはず、だって姉妹だから気色がどうのこうより絶対あり得ない、そう固く言いきったことなどが、今にもこぼれ出しそうな水槽の危うさで矢継ぎ早に語られた。
美代の好奇心は吸い取り紙になってこれらを含み濾過し循環させた。そしてようよう視線が下がり共通項にたどり着く。
「知ってる、赤ちゃんってどうやって出来るのかって。キスを百回するとね」
「うん、わたしも聞いたことある。でも本当かなあ」
言いかけ、生唾を飲みこむようにして次に接がれるはずであった感想をためらった。不意によぎるものがあったからである。


半年ほどまえ、クラスの男子で普段より悪戯好きの三人組がどこで拾ってきたものか休み時間、いかがわしい週刊誌をちぎって一枚一枚さながら新聞配達のふりで低学年の教室にばらまいた。

あくまで下級生のところだけと云うのが情けないのだったが、内実は先生にさえ見つからなければ咎めもないとたかをくくった腹づもりであり、昼休みを過ぎても何の沙汰がなかったのはそれほどの反応がなかったのだろう、こう三人組が安心している気配を美代は敏感に読みとっていた。

と云うのは、昼まえ廊下の隅で顔を見合わせながら互いを探りあっている場面を横切りながら、
「やっぱり、誰かが言いつけるかも知れないよ。あれだけ破ってまいたんだ。顔もはっきり見られてるしさ」
「そうびくびくすんなよ。これも教育さ」
「ええっ、絶対におこられるよ。すぐにぼくらのせいだってわかるよ」
語調を落としているつもりでも、内心の怖れが金切り声に近づいて思いのほか空気に振動してしまう。

 

そのときには美代はまだことの顛末がつかみとれていたわけでなく、どうせ又つまらない悪さをしでかし怯えているくらいに聞き流していたのだけれど、午後からの音楽の授業で渡り廊下にさしかかったところで、一年生のげた箱の隅にふと漫画雑誌の切れはしらしきものを見つけると、どうした都合か風がそよいだ加減でさぁっと宙に舞い上がり、目線でたどるに適した高さで停止しかけ、まざまざとその絵姿が飛び込んでくるに及んで、あの三人組が言わんとする意味合いがようやく判明したのである。
むろん黄ばみかけている紙に、これまた色あせかけたインクで刷りこまれた漫画の実態を美代は理解していたわけでない。

そこに描かれている局所を除き全裸で抱きあった男女が指し示しているのは、何やらいかがわしいには違いないのだが、実情まで通底する根拠を持ち得ていないことや、みだらと云った含みさえ耳にした覚えもない稚拙さが救いになり、裸とくれば銭湯を思い浮かべるしかないまま絵柄の持つ深意は未消化に終わってしまったのだ。

また彼ら三人も裸体が交わっている図形を正確に認めてはいなかったと思える。無邪気な笑顔に肉欲は似合わない。

なにより怪獣や幽霊の存在を疑ってみても、世界の果てにとめどもない夢想を投げかける熱意は決して醒めることなく、また近所の暗い夜道へ次元爆弾みたいに仕掛けられた魔法にもっとも怖れをなしていたではないか。


翌日校庭の階段わきの水道場で、家の近所にある商店の満蔵と云う二年生の子が、昨日見たものと同じ種類の切れはしを洗い流そうとしている姿に美代は出会い、
「あら満蔵ちゃんじゃない、学校で会うのはひさしぶりね。これ何かしら、わたしも」
と言いかけたら、
「あちこち散らばってたよ。きのうから教室にあったんだけどみんな隠してしまったんだ。先生にとどけるのもめんどうだもん」
「えっ、じゃあ昨日からそれ持っていたの」
「ちがうよ、今ここでひろったんだ。ごみ箱に捨てるよりこうして水をかけちゃえばとけるし」
と口をすぼめて答えれば、勢いよく吹き出す蛇口をしっかり握りしめた満蔵の手はか細く、だが所々ひび割れたり小さな穴ぼこを露にしたセメントは年月を経た風合いながら水流をしっかり受けとめている。

切れはしの絵柄は崩れだし細かくまるめられ、悪戯の成果は根絶やしにされてしまった。

乾燥した風が校庭を駆けると、水気を帯びたセメントから立ちのぼるふうにして、水道管から吊るされたみかん色の編袋に収まったひからびた石けんが微かに香る。
この懐かしい匂いはどこからやってくるのだろう。

今ある香りと知りつつ、美代はそっと辺りを見まわす仕草で考えてみるのだった。

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