美の特攻隊

てのひら小説

化粧15

あの日の写真をとり出しじっと目を凝らす。

明かりの加減もあって大概は暗くぼやけた写りのものばかりだけれど、記念に、そうささやいた陽子の思惑にかなったのか、枚数の少なさは今からしてみれば価値を高めているよう思えてくる。
美代の手元に渡されたのは四枚だけで、そのうち三枚はほぼ正面から似たように撮影されており、微笑んでいるのか戸惑っているのか、見極めのつかないありきたりな面持ちが張りついている。

所詮は小学生が精一杯つくり出した感情の曖昧さに終始するのは頑是ないこと、ファインダー越しに悲哀のまなざしを求められても、内心は吹き出してしまいそうになった反応をあらたに可笑しく思い返した。
陽子の未熟ながらも丹念な化粧により仕上がったこの写真を手にした際の印象は、その濃密な目もとの彩色や当時のプリントの発色と相まって、決して鮮やかではないのだが月日を経た現在でもさほど変わりはしない。

自分の顔立ちがどうこうと云うよりもおさな子であるはずの、色艶とはほど遠いすがたが奇矯さぎりぎりのところで不遜なまでに自愛をしめしている。

陽子えねさんがあのときふともらしていた可憐な小花と云う言葉が、まだ効力を秘めていると実感できてしまう根拠は、まさにこの人工的な異形が発散する無機質な歓びにあったのだろう。
見ようによっては冷淡な肉薄い上くちびるが、無理やりめくられたふうにして歯並びを少しばかり覗かせている。

口角をわずか動かせることに努めた頬の隆起も平淡な内心をかいま見せるにとどまり、それと云うのも束ねられた黒髪が、目尻からあご先にかけて隠し去るようにして左半面に垂れさがり、本来しもぶくれ気味の頬をなきものにしてみせ、同時に反対側は陰影がちょうど良い具合に重なりあい、多少まるみを帯びたおとがいを目立たせることなく細面に形成されているからだった。
この時点でもはや美代本人の目から見ても呆れるくらい現実感は霧散してしまい、なおかつ、やや上目使いに定められた瞳のまわりを縁取る微妙な案配で引かれたアイライナーは、かたくなな意思でしがみついた無垢なる脆弱さをそれとなく強調して、そこから放たれる光線させ惑わす奇態な視線に移ろっている。
わたしはあの場で刃物を突きつけられていたのではなかっただろうか、、、美代にそんな荒唐無稽な感慨をおしつけたのも無理はない。それほど自分の顔色は、死に直面した折に血の気が失せる暖色の急低下する瞬間を物語っていた。

そこにはむろん喜びはないが悲しみも怒りもない、放置されたのは人肌をまとった模造品の苦悩だけである。

ひとつだけ難を逃れたのは白塗りの均一が功を成したのか、すっきり通った鼻梁の気高さに了解なきまま、小鼻のふくらみがあらわになったので、しっかりあどけなさの名残をとどめていたことだった。
鮮烈に焼きつけられた記憶は遠く過ぎ往きた後ろがわへと流れるはずなのに、この写真から喚起するひろがりの情感は、ちょうど額に扉があってそこからはらはらと花びらが強風にあおられ散り去るはかなさが、つたなく、もどかしく、けれども余分なとらわれに陥ることなく見据えられる。


「これって練習なの、わたしまだまだ上手じゃないみたいだから」
いちど息継ぎのようにくちびるが離れてから、ふたたびより濃厚なぬめりのキスが終わったあと陽子はつぶやいた。
それから言い訳らしく聞かせた言葉を美代は明確には思い出せない。

だが、陽子があのとき胸に秘めていた小鳥みたいに柔弱な矜持は、かねてより望美から教えられていた事情もあって推察できたし、何よりわたしが期待してやまなかったのだから、陽子ねえさんが恥ずかし気な態度をあらわせば、あらわすほどにそれは同じ恥じらいとなってわたしの胸に染み入る。
「ううん、いいの。わたしもうれしかったから、、、」
言いかけながら、口には出来なかった。

その節度は今から顧みても十分に美代の自尊心を保持し続け、陽子をどこかしらよそよそしく捉える思念に傾きかけている。

おそらくは感じとったであろう、美代の気持ちに驚きをみせるのが危ぶまれ、また羞恥の方向へと流れていくのを見逃さず察している様子がどうにもたまらなくて、身じろぐことさえ躊躇われた。
美代にはそんな陽子のすがたが、固定された感情として、、、今度は鬼ごっこで相手を捕まえたときのあの遊戯精神にあふれた優越感へ、会話が会話であることに煮詰まってしまい、あらぬ方角へ逃亡しかける脱力を経て、やがては踏み絵の要領で日差しの盛りを見送り、終幕だけに意識が占領されうる光輝へと、すべては収斂してゆくのだった。

編目で覆われながら羽ばたいている蝶、すがたかたちを見やればその羽ばたきは限りなく静止へと向かっている。

美代のこころは自由であった。

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