美の特攻隊

てのひら小説

化粧16(最終話)

他の三枚とは異なる図柄を配した最後の一枚が炎を取りかこむようにして燦然と輝きだした。

写真に落ちた日差しはあきらかに隠れはじめており、夕暮れ間近特有のひっそりと沈みこめる気配に導かれていたと思われるが、どうした具合なのか寄りそったふたりの顔は燻りがちとは云え、漆ぬりされたふうに朱で染められた色づきで明らむ様は、いかにも胸の裡が熱していたのだと、すべてを知りつくしたつもりで下げた視線をはね返すよう、その内心とはうらはらに冷たい光を放っている。
気が遠くなるほどとまでは云わないけれど、相当の年月を隔てた自分の顔がこんなわずかの距離で黙ったまま目線を釘付けにしてしまう厳めしさは否定しがたく、思わず眉間を寄せてしまう。


ふたりして目もとの並びはほぼ揃ったものの、隣に写る美代の華奢な首筋は暗幕に遮られるようにして右手から横顔を寄せている陽子の存在を哀しみで誘い、しかもその哀しみは籠った陰影を拒む様子もなく、肩先までで切りとられ、あとはまわりに絡みついてしまった夜の使者が塗りこめた背景に交じり合っている陽子の黒髪、、、陰りの主であることに忠実なるまま闇に溶けてしまった黒髪が、彼女のまぶたを閉じさせているのだった。
すっと伏せられたまぶたにはなめらかな曲線を描いた睫毛がゆっくり被さって、厳かな沈黙を守るべく、美代の目尻から頬にかけてかたちの良い鼻梁がほとんどひっつきながら、そのくちもとと云えばきつく結ばれているのだが、微かに口辺へ波紋のごとく笑みの種子を投げいれたと窺えるのはあながち気のせいではあるまい。

それは真横に位置した加減でいつになくふくよかとした上くちびるの中心が丸みを帯び、触ればさっと反応してしまう小魚のひれを思わせる過敏さで震え、ときには傷みやすい果実が香らす純真さも予感され、さざ波となって微笑みへと誘っているように見えた。
微笑は哀しみと出会う。

伏し目の陽子とは対照的に美代のまなざしは大きく見開かれ、半面に寄りそった相手よりも威厳ある居ずまいを明快に現し、むろん、椅子にかけた美代の斜めうしろから抱く素振りで密着した、そう、畳にひざを立てたまま思いきり近づいた情況を知りつつ、大人ぶって陽子が延ばした左手のレンズを見つめ続けた。

背後からしがみつかれながらも、あえてかぶりを振りきらず沈着に、冷静に、未来へと送られる構図を意識することでもうひとりの自分へと飛翔する。


たしかにわたしは笑顔など浮かべていなかった。

黒目が濃くて、それに陽子ねえさんが眉墨をあまり入れなかったからだけど、するといやでも鮮やかに塗られたくち紅が毒気を放っているみたいで、ましてや辺りの暗がりがくちの中まで侵入して来るのか、少しだけ開かれた間から白い歯は覗かせていない。

でも微笑む余裕がなくてこんな険しい表情をしていたわけでなく、あのときはああした顔つきをしてみたかったの。

案の定、陽子ねえさんは寂しそうだけどわたしの気持ちを察してくれたのか、とても自然な穏やかな横顔でああして頬をすり寄せている。そう云うふうに写っているだけかも知れないけど。

この写真を見せられた直後わたしの顔色が曇ってしまい、泣き声を出しそうになったから抱きしめられたのだろうか、、、それともわたしの方からむこうの胸に飛びこんでいったのだろうか、、、どちらでもかまわない。

 


「さっきお兄さんが面会にいらしてたんですけど、よく眠っているからまた出直すと言ってましたよ」
「えっ、兄がですか」
美代は意味あり気な符丁にもとれる珍しい久道の見舞いに驚いたのだったが、ふと気を取り直し、どれくら寝入っていたのか思い巡らす伴走としてとりとめもない回想がそうであるように、別段兄の面会を意識するべきでもないと、こころのなかでつぶやいてみた。

静まる湖面へ小石を投げ込むときに抱くほんの少しの邪念を覚えつつ。

外は冷たい風が吹いているようだけど、窓のうちに入り込む夕映えはいつか見た夢うつつの温もりに包まれ、何より美代自身の体温が、たとえ発熱であったとしても、心地よさへと繋がる道程であると思われるのであった。

 


終