美の特攻隊

てのひら小説

あとがきにかえて 〜 小林古径「髪」

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淡く薄明るい背景は女人ふたりにある力強さを加味していよう。

両膝をつき長き黒髪を梳く所作、目にも蒼く映える振り袖の色は藍にも染まり、太い白縞が勢いよく下方に落ちだした様は滝の如く濃厚な色調を醸しながら互いに妙齢の生を慈しんでいるのだろうか、構図上着物姿の女人は右端が若干途切れながら、これから梳くべき生を恥忍んでいる心持ちを素直に切りとっている。

 

胸元高く締められし朱の帯へ配せられた文様は幽か、右手に忍ばせるように人差し指がしっかりかかった櫛は判別し難く、同様黒髪の流れにかき消されてしまっているけれども、一点にそそがれる慈愛と慎重がそのまなこに宿っている限りほんのわずかだけ笑みを含んだ紅の色合いも、帯のうちに秘められた無垢なる想いに連なっていると窺われる。

裸身が添え物のごとくありて嫌みも汚れも美しさも主張しないのは、くだんの着物とは対照的な淡萌黄の腰巻きのせいでなく、この絵の主がやはり黒髪に他ならない証だからこそ、また半身あらわな居ずまいはその乳首と紅、眉目をのぞき透き通ってしまいかねない乳白が均一に被い、冷ややかさを暖色に萌えさせよう努めているからであろう。

 

しかしながら梳かれる身からすれば恥じらう加減で裸身を火照らせてしまうのが不謹慎とばかり、ただじっと真正面を静かに見つめるだけ。

胸のうちをすべて知っている長い長い髪、自らの意志で宙に舞いあがる如く柔らかである。

 

右の手を膝上へ、左の手を太ももつけねへ、交互に押さえつけるふうに重ねた様は、踊りあがる心持ちを鎮静させようとした遠慮の仕種なのだろうかなどと、見遣るこころはつゆしらず、光明のもとであるのか灯火を待つ日暮れ時であるのか、おそらくはずっとこのまま未来永劫梳き続けられる生に時間も限りもない、女人ふたりは菩薩であると信じられよう。

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