美の特攻隊

てのひら小説

まんぞうの日本ふかし話

むかしむかしと言うてもみつきくらいまえだったあ、えっ、そりゃ、むかしじゃねえじゃと、んだな、ふかしふかし、、、なんだべ、じゃまするでねえ~、とにかく、おじいさんとおばあさんがおったそうな。

ほかには誰もおらん。まんがに出てくるようなのどかな山あいにふたりは住んでおった。しば刈りはときどきじゃ、歳とるとあまり腹もへらんから無駄なうごきはせんようにしとる。

かというて寝たきりでない、ほんとは腹がへってはかなわんから、じっとしとったんじゃな。

そのへんは長年の知恵だとさ。おばあさんは来年で三十路を迎えるそうな、、、なにっ、それはおばあさんじゃないじゃと、おじいさんは二十二歳だから早う老けこむと見こんでおったのだが、ちとおかしかったかや。

あんさんら夢がないのう、二十二歳のおじいさんなんてそうざらにはおらんと思うんだがなあ。

ええっ、なんだって聞こえんわい、ああ、わかっておるとも、さっさと終われっていうんじゃな。よかっぺ、そうするだ。

 

「ばあさんや、今日の夕飯はなんだろね」

「じいさんや、おまえさんは食うことしかあたまに浮かばんのか」

「なにをいうとる、いまはじめて聞いてみたんじゃ、いやみなやつだのう」

昼すぎに起きたばかりのじいさまは気分がわるなったといい布団にもぐりなおしました。ふて寝じゃ。

「やれやれ、先がおもいやられるわい」

ばあさまは朝昼けんようの食事をすまし、ああ、じいさまにもすすめたんだが、よっぽど癇にさわったのか「いらん、いらん、ひとりで食え、せつやくじゃ」なんていうもんで、とっておきのブルーベリージャムをこれまた季節限定の食パンにたっぷりぬって、カフェオーレもうまそうに飲みほして「町に買い出しに行ってくる」だけいい残し、さっさと家を出ていきました。

じいさまは布団のなかで目をぱちぱちさせていたそうな。で、夜になってもばあさまは帰ってこん、かつてこんなことはなかったのじゃな、それで心配になってきた。

「ばあさま、くるまにはねられたんじゃないかのう、いや、銀行強盗にまきこまれ人質になっておるのでは、はたまた、ひとりで焼き肉とか食べておるのかも、う~ん、よもや、わしを置き去りにしてほかのおとこと駈け落ちしたか、などと考えはだんだんわるいほうにひっぱられていった。

そのころ、ばあさまは繁華街のいっかくにあるホストクラブで豪遊しておった。飲めや歌えのどんちゃん騒ぎでな、きれいな若もんにかこまれ、それはまあたいそうな鼻息じゃ。

「シャンパンもう一本、ええい、めんどうじゃ、五六本まとめてもってきてくだされ」

「あれ、お姫さま、どうなされました今宵は」

指名された若もんはさすが店内ナンバーワンだけあって、ばあさまの内情に通じておった。というよりか、知りすぎていた。なにを隠そう、じいさまはこの店の元花形、この若もんは後輩のひとりだったというわけでな、電撃結婚を祝った日からいつかこうなるのでは、そうひやひやしていたんじゃ。

いやいや腹のなかでせせら笑ってなんかおれん、じいさまの身はのちのわが身かも知れんから。もちろん同情なんかじゃない、あくまで社会勉強としてだろうて。

そうこうするうちに夜はあっという間に流れさって、ばあさま呂律はまわらんわ、足はふらふらだわ、かつぎこまれくるまで送られようとされた。そのとき、ナンバーワンはひらめいたんじゃな、素直に送りとどけることなんかないわい、眼光あやしく輝かせてなんと自宅にばあさまを連れこんだ。

おっと、あわててはあきまへん、なにも妙なかんがえがあったわけちゃいます、へえ、下心いうてもこやつは冷静なひとでなしの部類でんなあ、まあ見方をかえはりましたらクールかも知れませんけど。

若もんはひと芝居打とうと思いついたんですわ、一晩たってから家に帰したらどんな反応するか、見物をきめこんだんです。そのさい介抱にかこつけた疑いをもたれるような不手際なんぞ、ちゃっちゃらおかしという顔つきを鏡で練習しておったそうな。さらに、

「にいさん、嫁はん大事にせんとあきませんて、ぼくらはにいさんを目指してきたんです」

と、まあ歯の浮くようなせりふまで用意してあったというから驚きですわ。

そりゃ引退した先輩に恩売ってみたところでなんもならしません、しかしでんな、若もんは社会勉強ちゅう名目だけで一歩まちがったら、修羅場になりかねん道を選んだんですなあ。見上げた畜生いいますか、見下げた根性いいますか。

へいへい、わかっとります。あとちょびっとですわ、そう急かしなさんな、酷なおひとやわあ、ほんま。

 

で、翌日の正午じゃった。家に着いたのは。

「にいさん、ごぶさたしとります。でんわした方がええのはわかってました。でもごらんのようにまだふらついてます、もし転んだりして打ちどころわるかったら、それにですよ、色々あったんやろし心配してましたねん、なんかおちからになれないかと考えとりましたんですわ」

じいさまは奥の間でテレビを見ながら、振り向きもせんかった。それでも若もんはしぼれるだけの知恵をつくして長々しゃべっておった。そのうちにばあさまの意識も回復してきたんじゃな。

「じいさん、返事くらいしたったらどうや」

二日酔いの勢いはこわいもんです。

「また吉本新喜劇なんぞ見くさっとる、なめたらあかんで」

と、凄んだところ、じいさまは「いまええとこなんや、終わってからにし」

そう気抜けするような声でこたえはりました。

これにはさすがの若もんもがっくり肩をおとし、

「ほな失礼します、ごきげんよう」

あきれ顔で引上げたそうな。

えっ、そのあとでっか、想像におまかせしときます。