美の特攻隊

てのひら小説

まんぞうの新今昔物語 〜 福の神

今は昔の新しいこと、こころもとない年金でのパチンコ帰り、とぼとぼとじいさんが歩いておった。

「春やのにまだ寒い、なんか腹へったなあ~、おっ、ちょうどええところにうどんの屋台あるがな」

風がぴゅ~っと通り過ぎていった。じいさんは身震いしながら屋台にかけ寄りました。

「あれ、だれもおらへん、小便でもしてるんかいな。どなたか居てはりませんの」

「へい、まいど」

えらくにこやかな態度で、店主らしき男が屋台わきよりあらわれた。

「冷えますと近こうなります」

「やっぱり小便かい」

店主の顔色がにわかにくもり、

「やっぱりとはどういうこっちゃ、初対面でっしゃろ、失礼でんな」

「なんやと、わしゃ客やないか」

じいさん、入れ歯をはぐはぐしながら興奮気味じゃ。

「へい、お待ち、たぬきらーめん一丁」

「えらい早いでんなあ」

「うちは早い少ないが売りですのや」

「わし、注文したかいな」

「なにいうてはります、お顔にたぬきらーめん食べたいって書いてますがな」

「ほんまか、あんた、たいした奴じゃ、うどんは屋台にかぎるわ、れれれ、らーめんやないか」

「おおきに、それ、カップめんですけど」

「ほうかあ、こくがあるのう」

「でっしゃろ」

「ああ、うまかった、なんぼです」

「お代なんかいりません、お待たせしてしもうて」

「そない待ってへんけど、まあ、でもそういうんやったらええんか」

「じつはですね、こんど満蔵食品から新発売されるカップめんのキャンペーンやってるんです。それで屋台かまえてまして、抜き打ちで試食してもらってますのや」

「なんですねん、そのキャンなんとかちゅうの」

「ただ食いってことですわ」

「あと味わりがな」

「それからですね、試食してもろた方に抽選でキャッシュが当たりますのや」

「はあ」

「銭がもらえるってことですわ」

「そうでっか、ほな、おおきに」

 

じいさん、らーめんの試食にありつき、からだも暖まったもんだから上機嫌じゃった。

「世知辛いとはいえ、まだまだ捨てたもんやないなあ」

さながらほろ酔い気分でひとごみにまぎれていった。

「ただやったら、ばあさんも連れて来ればよかったな、でも風邪ひいたいうとるし仕方ないか」

そのときじゃった。

誰かがいきなりぶつかってきた。みれば人相のよくない輩で、じいさん、ぎょっとして立ちすくんでしもうた。

「どこへ目ーつけとんじゃ、ボケ、気つけたらんかい」

いかにも強面の吐きそうな文句にかえすことばが見当たらん。

ところが相手はそれだけで過ぎ去ってしもうたんじゃな。じいさん、ほっとしたのはいうまでもない。

「おお、こわあ、ええことのあとはこれかいな」

と同時に上着の胸のあたりに異物を感じた。

「なんや」

一瞬スリかと思ったんじゃが、反対になんか胸元に放りこまれてるもんがある。

おそるおそる取り出してみると、えらいりっぱな祝儀袋やないか。しかも賞金としるしてあった。

「これはもしかして、、、」

こんな感だけは都合よう働きます。さっきの店主がいうたことをあたかも神仏からのお告げやと思うてしもた。人気のないすきまに身をしのばせ、そっと封を開けてみれば、手の切れそうな万札がぎっしり、ずばり百万円だとにらんだ。

こうなると、やましさから逃げきる馬力みたいなものが猛然とわきあがり、あたりをこそこそ見やりながら、えらく遠回りして家に戻ってきたとさ。

 

さて、出前の肝吸いつきうな重をひとりもしゃもしゃ食べておったばあさん、ただならぬ気配に驚いたのものの、悪びれた顔色をにごす格好でまえのめりになって、

「どうしたんや、じいさん、血相かえてどこそ具合でもようないんか」

くちもとにべっとり付いたうなぎのタレを意識しつつ、目もとを下げにこやかに尋ねんたんじゃな。

「えらいこっちゃ、賞金当たったで」

うな重どころやおまへん。ばあさんの眼光が鋭くひかった。じいさん、しどろもどろに説明しはじめる。

「これこれかくかくしかじかのそれでそうなりこうしてああなってこないしてこないなぐあいや」

「ほうほうそれはなるほどよしでかしためでたしめでたしごはさんでねがいましては、やまわけじゃな」

とまあ、ばあさんは舞いあがってしもた。

さてありがたく中身を抜いたところ、袋のなかから書類が一通はらり、

「なんやろ」

「しらん、開いてみ」

なにやら嫌な予感をおぼえながら、目を通してみれば、

「あれまあ、じいさん、これ借用書やないか、こないな大金つかまされて、わかった、押し貸しや。しかも悪質やで、ふところにねじ込むやなんて」

「賞金とちがうんか」

「ちゃうわ、利子トイチって書いてあるがな、よう見てみい、満蔵金融やて、ほんま、ろくなことさらさん」

ばあさん、カンカンに怒ってはいるが、対策を案じている顔つきやった。

「ええか、たぶん家まで押しかけてくるで」

「それやったらだいじょうぶや」

「とうへんぼく、遠回りなんかしてもあきまへん」

「うさぎ小屋のなかも通ってきたんやけどなあ」

「それで目赤いのか、こうしてはおれん、こっちからその屋台に出向いてこの金をたたき返すんや。そのまえに交番に寄っておまわりも連れてこ」

じいさん、まだことのなりゆきがようつかめておりません。それでもばあさんの剣幕に押されしぶしぶ腰をあげようとしたら、

「おじゃまします」

玄関からかんだかい声が聞こえてきた。

「じゃまするんやったら帰ってんかあ」

「ふざけとる場合かい、じいさん、あんたはなんも口ださんでええからな、わてに全部まかしときなはれ」

ばあさん、ねじりはちまきで対応にでました。

「あんさんら、どないなつもりや。えげつないまねしおってから、じきにおまわりさんも来はるころやで、とらえずこれ返しとくさかい」

背広すがたの男ふたり相手に先制攻撃や。すると、

「ちょっと待っておくれやす、わたしら社長の使いで寄らしてもろたんです。まあ落ち着いてください」

えらい下手にでてきました。

「うちの社長、いたずら好きで困ってますんや、証書のうら読みはりましたか」

ばあさんすぐさま目をこらす。

「なんやこれ、ひとをおちょくってますのか。寿命が縮んですんまへんなあって、どないことでんがな」

「はあ、よろこびが倍増するようにと一度おどろかせてから、おわかりでっしゃろ、ブラックジョークです」

「ほんま、あほな社長やな、で、なんです、張本人は来んと平社員のおでましってわけでっか」

「きっついですなあ。申し訳ありません、社長は今日遠くへ出張ですのや、むこうから急に電話ありまして、ちょっと悪ふざけが過ぎるな、借用書は撤回や、いうんですわ。おたくのご主人が最初の当選者でしたんであわてて謝罪にまいりました」

「ほうかあ、そういうわけなんや、では賞金ほんまもんってことやな」

「もちろんです。ラッキーですよ」

「ほら、みてみい、わしは正しいで」

じいさん、思わず口をはさんでしもた。

「あんたは黙っとり、なら、このしょうもない紙切れ持ってとっとと帰んなはれ、賞金はわたさんで」

「それはもちろん、あと失礼ですけど、粗相がありましたさかい、もう一束お受け取りください」

ああ、夢なら覚めんといておくれやす、、、じいさん、あんたは福の神や、、、

 

ばあさん、特上うな重を食べたまぼろしのあと、デザート代わりにけったいな夢を見たそうな。