美の特攻隊

てのひら小説

たまごぞうすい

ふろばのかたすみに暖かなひざしがふんわりよどんでいます。めざめはのんびりでした。

ちび六のいちにちが始まります。カサカサスコスコハイハイはってピョンとひとっとびトーンとちゃくちでまたまたハイハイ、春はうららかですね。

きょうは何をしようかな、考えごとと行動がさいきんはほとんどくっついているので、とてもみがるです。

そのぶん夜がはやくやってくるので、ちび六はどこかそんをしているような気がしてなりません。

にっちゅうあちこちハラハラするので日がくれると、あまり行き来しなくなってだいどころの天井でしんみりしておりました。いえ、こころのなかではそろそろおねえさんがにかいから降りてくるかもしれない、そうおもっていたのでしょう、そうですとも。

ここの住人のかずよりもっともっとおおぜいのいきものが家のなかでくらしています。それぞれにいきかたがあり、主張というほどでもないけれど決まりはあって、みんなてんでバラバラですが、たがいのこうどうはんいはかぎられているのでした。

ちび六がにかいまでのぼったのは、まだおさないころべんじょさまに連れらてでしたから記憶はおぼろげです。にかいには他のくもやかめむし、しみ、てんとうむし、やもりなどがすんでいます。

それにしてもべんじょさまは偉大だったんだなあ、ちび六はいまはなき老くものおもかげを浮かべあいしゅうにひたっておりました。

ほらほら、ちび六、おねえさんがやってきましたよ。あしおとはすぐそこなのにあいしゅうにふさがれて気がつきません。

 

風邪ひいたのは仕方ないわよ、でもみんなそろって温泉に行くなんてどうなの、そりゃ留守番は必要でしょうし、無理してまで連れていってほしいなんて思わないけど、お母さんったら、おかゆでも煮て食べればって冷たすぎない、なら作っておいてくれればいいのに。

はいはい、子供じゃないんですからね、いたりつくせりはご無用です、微熱だし、いちおう夕飯はちらし寿司ととんかつ買ってくれてたから、夜食くらい自分でやりますとも。

よく考えたら夕飯たらふく食べたしおとなしく寝てればいいのにね、お母さんきっとそのつもりで言ったんだわ。

 

あらあら、おねえさん機嫌がよくないですね。この日は家族旅行だったのです。でもお聞きのように風邪をひいてしまってひとりぼっちなのでした。

ちび六にはよく事情はのみこめませんでしたが、夜食はやはり健在だったので、うれしくなってしまいました。

冷蔵庫、華やかな霊安室、さあ呪文が唱えられましたよ。が、ちょっと様子が変です。

 

なんなのこれ、いくら明日夕方に帰ってくるからって、食材なんにもないじゃない。ひどい、餓死しろとでもいうつもりなの。まあ、朝はパンと牛乳、昼はサッポロ一番みそラーメンとして、、、だとしてももう少し余裕というか、たくわえというのか、そういう配慮があってもいいんじゃないの。

ラーメンもこれひとつだけだもんね。肉も野菜もない!アイスクリームも切らしてる。うちは冷凍食品は買い置きしないからなあ。

おねえさんは真剣なまなざしで冷蔵庫の奥をのぞきこみ、台所のすみずみまで調べています。ちび六のからだにも緊張が走りました。どうなるのか心配だったのですね。

ごはん、たまねぎ、卵、かまぼこ、、、これだけなの。こころなしか、熱が急にあがってきたふうで、おねえさんはヘナヘナとひざを落としてしまいました。

そうだ、わたしは風邪ひきなんだわ、お薬飲んだけど明日には寝たきりになるかも知れない。友達いないしなあ、誰も来てくれない。じゃあ、今のうちに具材全部入れたラーメン食べておこうかな、いや、すると、あとで地獄を見ることになるかも、、、それにほんとおかゆ程度でいいんだ。

 

おやおや、食欲あるのやらないのやら、こうなるとよくわかりませんね。あっ、三方の礼がはじまりました。なにやら決意したもようです。ちび六も手足にちからが入りました。

 

コンソメ顆粒発見、よし肉はないけど卵がある、コンソメ風味のぞうすいにしよう。多めにつくっておけば明日発熱しても難をのりきれる、備えあれば憂いなし、勝てば官軍、不敵な笑みがこぼれだす。

かまぼこはありがたい存在だわ、うどんとかに入れるだけじゃない、細かく切ってご飯と煮れば、その食感は際立ち、また赤い彩りが華をそえるのよ。

この時点でぞうすいとおかゆの中間と定まったのはいうまでもない。大鍋いっぱいつくろう、といってもけっこう水分でふくらむから大した量じゃないわね。

さっそく鍋に水をはりガス台を点火する。その間すばやくごはんをざるに入れさっと水洗いを行なう。このささいなひと工夫がぞうすいの決め手、すなわち、ぬめりを取り去り、よりコンソメの風味を効かせるのだ。

たまねぎはスライスでいい、柔らかくとけこんで甘みを加味する。早くも具材は尽きた。

それならそれで卵に命を吹き込む工程が待ち受けているではないか。すでにあたまのなかは白地に点在する朱が明滅し、来たるべき黄色の散華がたおやかな装いをもたらすであろう境地に遊んでいる。

水切りしたごはんを鍋に投入、コンソメ顆粒投下、沸騰を待ってたまねぎ、かまぼこの両者も従軍する。

しなやかな手つきは溶き卵のために用いられた。糸のごとく細く流しこむ技量を発揮するために。

煮具合と水加減の調整を怠ってはならない、苦渋を申し出るようわずかに浮き上がったあくをおたまですくい取る手間とともに。

この下地さえ遵守しておけば、溶き卵は自在となる。あとは青く燃え上がる炎にあたかも太古の煮炊きを夢想するだけであった。

とき深更に入れば、われ大悟せり。

 

いやはや、おねえさん、すっかり意識を高めていますね。ではちび六もおどろいた卵の散華をごらんください。

 

さながら爆撃機による投下であった。旋回する要領で上空からおたまに乗った溶き卵が少量ずつ、沸騰地点へと注がれる。冷めては沸き立ち、間髪をいれず線状の降臨が繰り返されるのだ。

それは瞬時にして花びらを、あるいは金魚の尾ひれを想起させ、優雅にたゆたい、ふんわりとした食感をかもし出す。

鍋のうちがわにはワルツの調べが奏でられているのだろうか、踊り子たちの黄色い幻影はまばゆく、こぼれんばかりの笑顔を咲かせている。やがて彼女らは火の鳥となって、その短い生に永遠を付与するのだ。

火力を弱め、味見。水分ならびに米の柔らかさもはや不可分である。コンソメ風味良好、仕上げの儀式、漆黒の液体、すなわち醤油が微量たらされ、兵糧ここに完遂されし。

 

おねえさんがいなくなってしまい寂しかったけど、ちび六はたまごぞうすいとやらを食してみようとおもいました。

カサカサコソコソポーンと流しのうえへとびうつりますと、あった、あった、とろけたごはんつぶが。

もしゃもしゃパクパクちゅうちゅう、まだほんのりとぬくもりがあっておいしい。

せかいがこれでまたひろがりました。

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