美の特攻隊

てのひら小説

恋の十字架 〜2

恋は盲目という言葉を思い出し考えてみた。

確かに見通しが悪くなるのは一途に恋愛対象へ主眼を配置するからだろうし、結果的にまわりの状況が正確に把握できなくなるのも当然だろう、しかし、これはあくまで経済学的な視座でも説明がつくのではないか、自分にとって不都合なものを恋という名で破棄することは別段、突拍子のない態度ではない、むしろ当然の営為として美化までされなくとも、一般通念とやらでは万人に受け入れられることだろう。

自分自身が恋情の虜と化してしまい、対象である異性は言わば写し鏡みたいな存在となって、己を照射する。

そうなるとそれは投影と云う現象であり、恋に恋する自己傾慕の程度となりうる。ならば反射率の測定で解決される、ようは自然科学の分野に持ち込めば健全さはほぼ保証されるのだ。

本当に盲目となるには暗黒の力が要求されることを理解できているのだろうか、つまりこうである。

恋愛が人を盲いにさせるのではない、対象としての異性が、あるいは自己内部が本来暗黒に被われているのであって、我々はその暗幕に潜む妖精のようなもの、奇跡のようなものを懸命に探しているだけなのだ。

そもそも出立点が盲目状態なのだと言えよう、何故なら至上の愛も永遠の恋も所詮は言葉の綾だからであり、綾である以上は普遍性を内包した織物となるから大いに流布流通してしまう。

そんなあたかも貨幣に似た幻想をなまじっか疑いもなく信じこんでしまう為に、心の世界に松明が灯され、いかにも尊い発光と勘違いし大変ありがたがり増々、明かりに近づこうとして逆に巨大な影を自分で造りだしている。

そのあげく辺りが暗澹たる領域へと変貌してしまったと嘆いてしまうのは、実に皮肉な自然現象なのであって、笑うに笑えない悲愴感さえ漂っているではないか。

時が過ぎゆくようにすべての事象も情感も絶えず変化し続ける、まるで逃げ去るように消えゆくようにして、何もかもがどこかに呑み込まれてしまうようだ。ちょうど宇宙全体が広がり続けるに従い、銀河系も恐ろしいスピードでどんどん遠ざかっているかのごとく。

ならば恋などあっと云う間に疾走するのが、これまた自然の流れではないのか、それを押しとどめたいと願うゆえに諍いと摩擦が生じる、他者に於いても自己に於いても。

 

清也のお相手はそんな抽象論を展開するまでもなく、中々一筋縄ではいかない現実に緊縛されていた。

「小滝君、あなた私が社長とどういう仲なのかは知ってるわよね、社員はみんな分かっているけど誰も表に出さないのよ、なぜか、そうよ、みんな自分の首が大事だからよ。あなたの気持はうれしいけど、私自分も大切だしあなたのことだって好みの方なの、だから穏便にね」

「穏便ってどういう意味ですか、あきらめろと忠告しているのか、密かに期待を抱いていいような口ぶりなんだけど」

「そうよね、こういうのははっきり言うべきね、リスクが大き過ぎるから、お気持ちだけ頂くってことだわ」

「葉子さん、よくわかりました。でも僕はあきらめませんよ、いつか社長との縁が切れることだってあるかも知れない、僕は入社したてで、やっと入れた会社を辞めたくはないけど、禁じられた想いだからこそ余計に突っ走ってみたいんだ。あなたは僕と同い年には見えないほど、とにかく輝いている。雰囲気も仕草も寡黙な時の横顔も、身につけている服装も話し方も、それらが一切、禁じられている。断念するには条件が完璧すぎる、だからわずかの隙を見いだして割り入ってみたいのです」

「あらあら、妙に理屈ぽいこと言いだすのね。じゃあ、気長に待っていてくれる、宝くじの特賞があたる確率を」

清也はその後、朝・昼・晩を自らの為と云うより朝・昼・晩の律儀さに捧げるようにして日々を送った。そう春夏秋冬の巡りも同じような気概で受け入れたのだった。