美の特攻隊

てのひら小説

恋の十字架 〜3

清也の朝はいつも気怠かった。

頭や瞼や身体が重いと云うわけではない、夜明けを通過した街中の晴れ晴れとした気配に少しだけ波長が揃わなかったのであって、それは闇夜の国から一気に白日に曝された無防備によるものだった。誰だっていつも準備万端に精神統一して翌朝を迎える殊勝な心構えなど持ち合わせていないはず、一部の篤志家か敬虔な信奉者を除いては。

一日の始まりに微細な違和感を覚えるのは、すでに一日が自分とは別の箇所で開始されていると云う、どうしようもない焦燥を勝手にあおり立てるようにし奮起を促さんとばかりに、眠りの世界から脱皮を計ろうと努める緊縛への自動的機能によるものである。

先程までの内的次元からまさに外部へと心身ともに踏み出す為の、いかにも慈しみと優しさに培われたかに見える刺激を持つ茨なのだ。私たちは誕生の瞬間から、羊水に別れを告げ、様々な刺激に全面的に関わり合う宿命にある。

それこそ目覚めの本質となりそれから闇の使者の訪れを待つまでの間、本質はほぼ生来の形態でまるで鞭打つかのように同じ体験を日々もたらしてくれる。

そこに悪意を見てとるなど甚だ了見違いと云うもの、なぜならそこには善意さえも内包していないからであって、潮騒に精神が宿していないのと同様、ある激しさや穏やかさは私たちの精神が育み刻む彫像に他ならない。

だがそんな無機質な反復の中では、到底息苦しくて生きられたものではないだろう。そこで精神は夢見と云うあの恐怖の、歓喜の、陶酔を架け橋にして虚像へと歩み寄って行くのである。昼も夜も、寝起きも寝入り際も睡眠時も、そして冷徹なまなざしの中心にも。

 

夜明けがすぐそこまでためらいなく静かな気品を宿しながら近づいてくる。

昨夜からの雑多な出来事や意味のなさそうな喧噪や、少しはときめいた誰かさんの心中を察しながら、黎明は広大な慈悲をもってすべてを濾過してしまいそうなくらい神々しく思われた。

薄暗い酒場にたむろしている闇夜とともに心中を恋願うとでもいうのか、あるいは明日の到来を実は真摯な喜びとして、そうそれが生きていることの何よりの確信と頭の中に、もたげはじめるのを健全な印だとちゃっかり確認している人々の頭上にも薄明は均一に広がりつつあった。

しかし酔眼で見渡されたその闇の浸食を信奉している輩にとって、程よい圧迫感におかれた店内は、換気が追いつかないまま紫煙やどう考えても清浄さからほど遠い吐息やらで薄汚れた空間でしかなかったが。

飲酒による時間感覚の麻痺はとてつもなく爽快であるはずなのだが、さすがに夜の向こう側まで突き抜けてしまった脱力感は、来るべき陽光の下に佇む気概を自ずと剥奪してしまい、蓑虫が小心の態で少しだけ頭を外界へと覗かせてみせる怠惰とも臆病とも似た感覚に全身を覆われていた。

 

新宿高層ビル街を横目に、高級外車の助手席でだらしなく腰を下ろす格好をした清也の胸中はまんざらでもなかった。何がまんざらでもなかったかと云えば、片手の指先を折りながらその意味合いを並べてみせるくらいの充足度であった。

それは腹一杯の満足感を味わった事後の満面にあふれ出す笑みだけが消去された表情を想像していただければいい。あえて描写するのも野暮だが、十全なる満足など知らぬ者もいることだろう。端的にこう言い表してみる。

清也の目は夜を徹した疲労そのものであった。何のことはない更なる充実、快眠を欲しているあの眠たげなまなこを隣でハンドルを握る葉子に幾分かの配慮で、とはいえ彼女に対する気配りというよりも実際は己が徹夜したくらいで体力を消耗するほど歳はとってないという自負であり、かといって背筋をただしまるで素面顔で臨席するには演出過剰であろう。

そこで折衷案としてほどよい気怠さを全身で現してみることにした。座席のだらしない居住まいもそういった感性から導きだされている。しかし、綿密な計算が頭の中ではじかれたわけではない、あくまでこんな風情が今の清也には快適だっただけであった。

 

当時はいわゆる花の金曜の号令で清也の世代に限らず、中高年のビジネスマンやらカタカナ業界の連中やら、まだ高校生と見えそうな一群もこぞって都心部の歓楽街へと、それこそ怒濤の如く押し寄せんばかりに群がり集っていた。

当然、繁華街は不夜城と化して絢爛たる徒花の電飾で人々を誘蛾灯よろしく導きよせ、瞬く間に界隈の人口密度は飽和に到達した。まだ宵の口から泥酔した様子で今にも倒れ込んでしまいそうな危うい足取りの数は珍しくもなく、完全に意識を失って路肩に大の字になり、道行く者も知らぬ顔、それでも恐る恐るその寝顔らしき面に横目をやると思いのほか幸せそうな顔つきにも見えて、なるほど飽和状態からはじき出された、もしくは進んで過密な喧噪から一瞬にして退避した結果が、こういう事態となって体現されてくるものかと、上京したての清也は感心したことがあった。

終電を逃した乗客たち、深夜のタクシー争奪戦、車道にまで覚束ない千鳥足で歩み寄る一目で水商売とわかるまだそれほどの歳でもないだろう妙に大人びて映る雰囲気をもつ女たち。

真夜中にも関わらずけたたましい走行音が左右から全方位から、ちょうど弓矢のように飛び込んでくる。

店先での飲み会の解散なのか、就業時刻をまわり退社する時よりお互い同士、心の底からお疲れ様と言い合っているようにも見える。

その儀礼の前をぼろくずの固まりみたいな浮浪者が無表情でゆっくり足を引きずるようにして、ひどい悪臭をあたりに振りまきながら通り過ぎて行く。

すれ違いさまの通行人らはあえて引いて遠ざかることもなく、又、異様な臭気にいちいち顔をしかめるわけでもなく、足早に同じく何処かへと過ぎ去る。

足音は至上の消費であるとの自覚を胸に秘めながら。

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