美の特攻隊

てのひら小説

恋の十字架〜14

「僕は若かったし、自由奔放な世界のなかに生きていたと感じていました。毎日の会社勤めであくせくしていても、煩わしい人間関係に縛りかけられていたとしてもです。どうしてかって、それは未来という時間がまだまだ前方にひらけていて、余裕たっぷりだったからでしょう。

そこそこの大学を出てそれなりの就職につけた、、、ああ、そこですね、僕は特別な目的やどうしても実現させたい理想なんて持っていなかったんです。欲がないって言われそうですけど、自己実現だけが欲望じゃないでしょう、物欲や性欲にも立派な意義があると考えていますから。

またこういうふうにも、、、自己を高めるなり精進するなり、ある目標に到達するには社会の壁や個人としての限界を乗り越えようとする強靭な意志と力が要求される、これは裏を返せば社会にへつらい調子を合わせたうえで、曲がりなりにも突破口を見つけだすということではないでしょうか。

一見、自由で大いなる翼に見えてその実、非常にがんじがらめの身体ともがれた翼、大空を気ままに飛び回るというよりライセンスをもらって飛ばしてもらっているんじゃないかって、だから相変わらずまわりを気遣いし続けなくちゃいけない、他にも色んな飛行物体があるだろうから、衝突しないよう注意が欠かせない、結局、自由きままなんてどこにもないってことですね。

そこで折り合いが問題になってくるのですが、僕は仕事そのものは束縛だと感じてないんです。実家が自営業でしたので小さい頃から、営業時間としての拘束は当たり前に映っていました。自由奔放はそれ以外に見いだすべきなんです。

葉子への恋情はそういう意味では起こるべきして起こった謎ときだったかも知れません。さきほど話しましたように、自由世界を発見するには定理や方法論などあってないようなものだから、自分で探る当てるしか道がないわけです。

ややこしい補足になりましたけど、盲目というのはその探り方進み方を言い表しているのであって、恋愛対象、つまり相手の実像を見ていないようできちんと計測しているです。無意識的になんて姑息な言い方はしたくないけど、欲望の立ち現れはつかみどころがないから仕方ありません。葉子のすがたかたちは僕にとって自由世界への入り口に見えていたんでしょう、きっと。

彼女から話があると言われたとき、直感的に不相応な関係だったのを葉子も痛感していたのかって、そう思い覚悟はしていたんです。

ふられるわけですから、あこがれからですよ、それは深く傷つきますし、立ち直れないくらい大きく世界が傾くのは理解してもらえますよね。ところが開けてみれば様相は考えていた場面とは違っていた。決して僕のことが嫌いになったわけでも段差みたいなもので心変わりしてきたのでもない、すべては葉子の内情だけにあったのです。

彼女の側の世界が崩れようとしている、、、僕はあの時やっと自分の心のなかが見えてきたんです。

恋は盲目といいますけど本当、よく自分自身を熱病で浮かれた状態にさせ、五感を通じて感じとる何もかもを曖昧なものにしてしまいます。そして、見事な一人芝居を演じていたのだってことも、、、だって、話の内容があらわになり、僕には問題点がなかったという安堵に促され自負の芽が出た途端、それまでの熱が急激に解熱していくみたいに、封じ込まれてた謎もまた氷解していったようで、これは反対に自由を取り戻したんじゃないか、ようは高嶺の花であり続けた葉子がもはや地に落ちた天使、それは僕と等身大で肩を並べられる存在、しかもとりまく環境は最悪の事態が迫りつつある、、、葉子の置かれた状況の詳細が克明であればあるほど、耳にした僕が息苦しくなってきたのは他でもありません。

いくら良心的な気持で受けとめようとしても、熱病から解かれたからには五感の働きは正常な機能を取り戻し、内奥から最善の本能がきつく手を引き始めたからです、、、自己保身という安定に向かって。

ここまでの説明ですと、おやおや随分ですね、そう思われるでしょう。見方によれば金の切れ目が縁の切れ目から現金を差し引いた図式になりますけど、それはある意味正しいと思われます。

しかし、前にお話しましたように、これはあくまで一側面を誇張し、拡大解釈して、その上で冷静に見直してみたまでのことなのです。果たして数式みたいに割り切れるものでしょうか、僕は葉子に恋をしているんですよ。

たとえば極端な話し彼女が犯罪者であり、窃盗、傷害、殺人など罪科を重ねていたとしても、決してその場で見限ることはありません。」

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