美の特攻隊

てのひら小説

恋の十字架〜15

「いつもと違うためらい勝ちな葉子のくちぶりと神妙な態度は、かなり複雑な思惑の到来になりました。

砂塵が突風に煽られて形状を地にとどめないように、すべてを失いかけている葉子の胸のなかと同じく、二度ともとには戻れないというあきらめを、今は自覚するしかありません。

しかし心の隅の方では、崩壊した土壌にふたたび新たな息吹を芽生えさせる可能性が密やかに宿っていると思っていたのです。

それは夢見から覚めた後の日常への回帰に似た、先行きを懸念するよりもっと直感的な、微力だけど段々と加速されて行く過去から未来への時間の流れに確信を抱く、疑いようのない信頼だったのでしょう。

打ち破れた幻想は確固とした信念で成り立っていたんじゃない、所詮、夢のまた夢、大きな裂け目がより見晴らしがよいのと一緒で、如何に根拠のない信奉だったのか、でもまっさらに広がる空漠とした失意の向こう側は、それほど悪意に満ちた空間ではありませんでした。

あたかも病人が回復間際に覚えるあの安堵感に似たまなざしを、受け入れる窓外の日射しのように。

さらに葉子は親族間の込み入った内情や会社再建が可能なのか、知り得る限りの事柄を、独り言に近い筋道立った的確さでしゃべり続けながら、いよいよ身の振り方の段にゆきつくと、にわかにくぐもった声色になってしまい、矛先を見失ったふうに沈黙の暗渠へと落ちてしまったのです。

その無言の間が僕には居たたまれなくて、母親や親戚らに相談してみたのか問いかけますと、葉子はただ首を横に振るだけで、目線をそらしたままうつむき黙りこんでしまいました。

そのとき闇の中で小さな明かりが点滅した、、、不意にある考えが彗星のように僕の頭をよぎって行きました。

ひょっとしたら身内にも打ち明けられられない本心が僕をまえにしても滞りを現すのは、抱える不安に真正面から向き合うことを恐れる、つまり最悪の現況からの呪縛を解こうとし、より胸の痛みを募らせる選択肢を回避させる脅威ではなく、なにか別の事情があるのでは。

そんな異相のありかに思い巡らすと、いきなりよこしまな考えが閃き、ひとつの推測が一気にせり上がって来たのです。

身体中に電流が走り出しました、、、その感電はきわめて俊足な行動、葉子への仮借ない詰問となって、怒りで打擲するかの勢いで彼女の隠された箇所をきれいさっぱり洗い流してしまったのです。

とてもきれいに、小躍りしたいくらい鮮やかにです。

欣快にいたった僕は後先のことなどおかまいなしで容赦なくより詰め寄ると、さっきまでの沈黙は深まることを放棄し、微かにつまずきの顔色をしめしたものの、奥まった部屋のふすまに静かに手をかけるような面持ちでこう言い出したのでした。

 

『そうよ、清也くんの推測通り、お父さんが倒れて、次から次とやってくる事態でパニックになってしまい、一番最初に打ち明けたのは社長にだった。さっき聞かれたように父親が危篤なのにわたしが出勤しているのは、おかしいって思うのも無理はないわね、、、でもよりどころがなかったし、妹は高校生だし、友達も親友って呼べる子はいないわ。もちろんあなたのことも考えた、、、けれどあまりの重荷に清也くんが耐えられなじゃないかって、結局わたし、本当にひとりぼっちになると思ったの、、、ごめん、どっちにしろ傷つけてしまった。』

 

いったい自分のどこに傷が与えられたんだろう。

あの刹那はこみ上げてくるあやふやな怒りというより、まるで舞台が変ってどこまでストーリーが続いていたのか思い返す余地もないように、又さいころの目が何度も何度も無作為に振られるまま予測を強いられる、置いてきぼりをくった子供みたいな気分にさらわれたので、とまどいを隠そうと躍起になってしまいました。

どうしてかと言えば、葉子は懸命に心苦しさを僕に伝えようとしているのでしょうけど、その心境は、誰にも受け入れてもらえない、そう僕がどこか高をくくっていることをわかっているとでも言いた気な、投げやりの調子を含んでいたからなのです。

そして確信犯に対して向かい合う際にわき起こる、不定形な畏敬の念と憐れみの情が混交するなか、このあと重ねて葉子が口にした衝撃の言葉の連鎖を、僕は生涯忘れることが出来なくなりました。」