美の特攻隊

てのひら小説

恋の十字架〜17

慣れた身のこなしでで洋服を脱ぎ捨てる。

いつもは戯れの儀式の為たいそう大事に、尾ひれをつけて最上級の賛辞で装飾される営みであるがゆえ、ショーツ脱衣の典礼は裸体にとって最後の供物を捧げだす神聖な瞬間になるはずであった。

女にとってみれば最も羞恥と期待が交錯する式典であり、男の側からしてみれば日常を剥離してみようと云う随喜に満ちあふれた、すべてを破壊しかねない祭礼である。

だが今夜の葉子はその儀礼を黙殺し、自身の手で薄皮をめくるよう中心部を清也の眼前にさらけ出した。

部屋の明かりを落とすことさえ忘れ去り、一定の至近距離が確保されれば磁石が自然に力強くつがえる如く、互いの肉体は約束の地を授けられ、眼には見えない法王から祝福を与えられた。ただし裸の王様を心の底から認める条件と引きかえに。

ふたりの体が溶け合う光景は、濡れ場などと呼称されることをもってみれば、いかに粘着性ある分泌液にまみれながら、また吐息が限りなく獣の咆哮に類似しているかを存分に思い知ることとなろう。

唇を交わすまえに葉子は清也の眼球をなめた。

舌先はまるでトカゲの尻尾のような小賢しい動きを見せ、色欲さえ翻弄する奇矯な素振りであるかと思われた。艶然とした面影に妖気が漂い、黒髪が軽くゆれている。

片方の目に映ったのは媚態とは断定できない影絵を想わせる隠微な気配であり、愛撫を受けているにもかかわらず、得体の知れない空気の流れに包まれている心持ちがする。

 

やがて全裸で重なり合ったふたりの肉体は、見る見るうちに野生のあかしが明確な荒くれに誘導されて、羞恥が次第に露出趣味にとってかわり、興奮にたぎった陰茎とあふれゆく蜜つぼは、そこが生命体の根源であることを十分に感じとることによって、双方の秘部は尿の排泄口であることから異界への旅立ちへの鍵と鍵穴に変貌するのであった。

こうしてぬめった湿地に足を滑り込ますのと同じ案配で、思わぬ粘り気とほどよく伸縮する陰の唇に陽根は、さながら大地に飲み込まれる要領で幻惑され、恐怖を歓喜へと昇華させるのである。

もう何度となく果てることも意に介せずに、葉子のなかへ埋没していったのだろう。熱したものが頂点に達する至高への跳躍の寸前、慣例にあくまで忠実にと誓約に対する信奉をこれまでなしくずしにしてこなかった清也のほとばしる体液は、その定まりの放出地点に寸分も違わない精密な水鉄砲としての機能を発揮しようと、湿潤地から精確な時機を計測しかけたのだが、つま先が部屋の両端に伸びる勢いで大きく足を開げ自由を謳歌せんとばかりにその狭間に向かい入れた清也を、両の腕は反対に相手を拘束する力加減でしっかり背中にまわし抱きながら、かつてない完全な自由の歌声を上げたのであった。

「いいのよ、、、出して、思いっきり出して」

まったく予期しなかった過激な申し出に一瞬ひるんだものの、葉子の唐突でしかも激しい怒声に調教されるしもべの役割を速やかに受け入れたと、その天啓を脳内に壮大にこだまさせ、引き抜きかけたものを再び、ずぶずぶと底なし沼に差し入れてゆけば、笑っているのか泣いているのかもうわからないあらゆる感情の、熱風が吹きすぶままに任せている顔色を、怖いもの見たさで倍増していく好奇が一点にさだまり、ゼリーが溶け出したとろけるような感触にいっそう急速な腰使いが強いられ、感極まったところで自らもよだれに滴る口を葉子の唇に重ね合わせながら、唾液と唾液がじゅくじゅくと音をたて吸いつく。

歯と歯が無骨に当たったが気にもとめず、上気した肉体の発汗で濡れそぼった一束の葉子の頭髪が本人の頬に張りつき、その先が口元まで乱れるままにすかれているのもすでに遅しと、どくどく先端に勢いよく上ってくる精巣から送りだされる噴出が子宮に向かって決死の突撃を開始すると同時に、乱れ髪を含んだ口の中にも唾液を滴らせる調子で、なおも強烈に唇を密閉させた。

それは葉子の内奥へ注いだ生命の奉納を成就させる為、あたかも豊作祈願の古式に則った迷妄と神秘が混じり合う、奇跡のアマルガムを精製する行為によく似ていた。

奥深くへと注入した秘薬は口先からいつこぼれ出てくるかもわからない、古代人の心性さながら珍奇なる風習をどこで伝承されたのかもつゆ知らぬままに、清也はこのとき、いにしえの彼方へとめくらむスピードで逆行したのである。

しばらくの間ふたりは余波に名残を惜しむという面持ちで、すっかり波頭が鎮静したなか、穏やかさを取り戻した海上をともに抜け殻となった空疎な状態を賛美する良心だけを頼りにしながら、ひたすら漂っていたのであった。

磁力が衰微したことを殊更に図式に現してみようと思い立ったのだろうか、どちらの発汗やら分泌物やらにまみれているのか見分けもつかない身体を、清也が膝を立てて半身起こすと、葉子の右側にそのまま倒れこんだ。

その姿体は葉子から思いのほか大きく隔たって、ちょうど天井から俯瞰するなら、くの字を描いており、宴の後の虚しさを寒々と語っているようにも見えた。