美の特攻隊

てのひら小説

投函 〜 あの夏へ 3

奥手と云えばそうであった、彼女と知りあったのはほんの一ヶ月まえ、まったくの偶然による、しかも指向する自然を背景とした純一にふさわしい出会いだった。
生まれて初めて女性の素肌に張りつめた欲情をもって触れたのは、このまちに来てから日数も浅い、空気が心地よい湿り気に侵されはじめ、また新鮮な陽射しは辺りを乾燥させようと懸命に蒼穹の彩度を高めていった初夏だった。
引っ越しの準備から始まった、純一のまさに青春の旅立ちは、慌ただしさのうちにもどこか醒めた時間が通り過ぎてゆき、薄い膜をへだてた非現実感が溶けこみ、さまよっていた。
親友とまで呼べるほどの友達はいなにしろ、近所には幼い時分よりの同級生も住んでいるし、先日の女子生徒ふたりにだって、いつでもたぐり寄せられる想い出以上の心持ちがたなびいていたから、、、

二年生の冬休みまえ、純一は彼女たちから続け様に告白を受けた。
最初に今井聡子から淡く飾り気のない純情をうちあけられ、その素朴な軽やかさに乗りきれず返事をためらっていたところ、今度は彼女と親しいの本間梨菜から未熟な媚態を漂わした表情で明るい好意を告げられたのである。
「わたし、まえからだったんだ、、、聡子は聡子の気持ちよ、ともだちだからって変に思うかもしれないけど、聡子も承認ずみなの、わたしの番はわたしの番、きらいだったら、はっきりとそういってほしいの」
梨菜の足首は交差され、ねじれた豊満なからだつきは誇張された内心をいくらか表のしているようで、その実自分の意向をたしかに伝えていて、そのとき純一は別なひるみにより上気してしまい、相手がすでに自分の胸に身を寄せているのを呆然としたまま気力のない腕で受けとめてしまったのだった。
そのあと、唇がどちらからともなく近づくと、薄目に閉じられてゆき、しかし突き刺すように見つめる瞳のひかりがにじんでいるのが星の瞬きに似たうつくしさにも感じて、白い歯を覗かせているくちもとに触れたとき、これがキスなんだと思いながらも、互いの歯が乾いた音を立てていることに気がいってしまったのである。
ややあってふたりが距離をつくったとき、切りそろえられた梨菜の前髪は、謀反を起こしたかのごとく険しく頬にかかった乱れ髪をいさめているように、清く颯爽と純一の瞳へと映った。
その夜更け、純一は梨菜を想ってほとばしるものを放った。
夢想は未来へと拡張してゆき、我が身の置きどころは現世には見当たらないと云った倒錯した理念が放埒にあふれだしのはこの頃であり、純一は天啓にうたれ、非社会人であることに来るべき将来を託した。
前歯と云えば、それからもふたりきりになる度に数回ぎこちなくぶつかりあっては、舌さきが異質な生き物みたいに侵入しかけると、同時に胸もとの柔らかな感触が電流となって股間まで伝わり、純一の根もとを奮い立たせた。けれども、それよりむこうへの侵攻は行なわれなかった。
ふたたび欲情が突き抜けたのは、年があらたまった寒空の下、学校の近くの細道に見知らぬ生徒と腕組みで歩いている梨菜のひかえめな顔つきを遠目から見いだしたときである。
それから幾日かのあいだ悲しみを胸にとどめ、根もとからのくみ出し作業を儀式とすることに朝晩没頭した。
その甲斐もあってか、いまでもふたりの女生徒はこころの友を上手に演じてくれたのだと信じている。

彼女らを含んだ数少ない交友への惜別も淡々とこなし、それからは母の提案した道行きをとにかく試してみるだけだったけれど、果たして本当にこれが自分の選択した方途であったのか疑問がないわけでもなく、しかし、いきなりホームレスになるような世捨て人に憧憬は抱くことは出来ない、とすれば家族の親和を一身に背負ったつもりでの譲歩こそが、やはり最良の道に違いなかった。
新幹線のりばで両親との別れ際にも感傷へひたることなく、このまちに到着し、三好の家のひとたちに挨拶をすませたその夜、ひとり寝のしているこの畳部屋がこれから自分の住処になるのだと、言い聞かせてみた時ようやくせつない気分でいっぱいになり、涙があふれ出してきた。
窓のそと、せまい道路をはさんですぐにさきにひろがる海の香りが、自分の甘酸っぱい精神を讃えてくれているようで、この素晴らしい孤独感こそ、無難に人生を渡ってきた父には味わえない質だと云う誇りをかみしめながら、聞こえるか聞こえないか、潮騒へと耳を澄ましてみるのもけれんみありだろう、などと思案しているうち純一は心地よい眠りにおちていった。

 

 

まじわり    http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/01/21/190249
手紙 〜1   http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/05/22/024358
手紙 〜2   http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/05/24/030152
返信 〜 気  http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/05/26/033441
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返信 〜 纏  http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/05/30/021947
返信 〜 訣  http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/06/02/035334