美の特攻隊

てのひら小説

投函 〜 あの夏へ 11

「ねえ、前にどこかで会ったことあるような気がするんだけど」
「そんなはずないさ、純一くんはこのまちに来てから日が浅いし、どうして麻希ちゃんが知ってるわけ」
早すぎるのでもなく遅すぎるのでもなくふたり連れが現れると、純一はすでに酔いが全身をまわりだしたのを感じたのだったが、高校の頃にも似たような感覚を保ちながらそれでも相当量を痛飲したことが思いだされ、別段ろれつが怪しくなったわけでもなし、ただひたすらに心身が上昇していくのが心地よかった。
「うん、そうなんだけど。まだ十八でしょう、、、誰かの面影がかぶっているのかなあ」
ただでさえ丸い目を思いっきり見開らきながら、しげしげと値踏みでもするふうに迫ってくる視線を避けるのはまだ純一には難しく思われ、悪気はないにしろ露骨な目つきにさらされている実感は、酔い心地を差し引きしてみても少しばかりお釣りがくるのだけれど、それはある意味ぜいたくな自意識の残余であった。

テーブルをはさんで男女対座する恰好の配置は、初めてのふたりからしてみれば当然合わせもった好奇の的となる。
むろん純一の方でも森田にそれぞれの名を告げられた直後から、果たしてどちらが妊婦なのか、また年齢差はなどと見定める意欲がわき起こっていた。
真正面が青井香穂で、その隣で大きな目を光らせているのが上矢麻希だった。
店員が飲みものを訊きに寄った際、香穂が今夜のいわば発起人であることが分かった。
話しぶりから察するところ麻希の方が若干年上だと思われたのだが、目もとにべったりと塗りこまれた原色と呼称するのが適切なくらいのブルーなメイクが、香穂の第一印象を決定づけてしまって、方や自然な団栗まなこと比べてみると、異質な対照がありありと見受けられ、両者の個性が同時に飛びこんでくるようで、ますます年齢不詳を募らせてしまう。
「あっ、焼きそば、おいしそう」
声を高め香穂が品を横合いから奪いとる手際に悪びれたところがなく、そんな麻希の幼さを純一は高いところから低いところを見おろすときに似た、爽快さでもって眺めているのが転倒した立場であるように思われ、言い様のない親近感を覚えだした矢先、反対に視線を送るがわから送られるがわに転じていることを痛感してしまうのだった。
森田は彼女とはかねてより気心が知れているらしく、必要以上のプロフィールを純一に語ることなく酒宴は続けられた。
オレンジジュースをすすりながらもこの場が楽しくて仕方ないと云った内心を隠しきれないないのは、やはり森田からさきほど説明された香穂の微妙なこころ模様なのだろう、焼酎片手に今度は水餃子をつまみだしては無邪気に喜んでいる麻希の微笑みとは別種の開放感がかいま見える。
「そうよ、森田さんの言う通り、麻希ちゃんの思い過ごしよ。ついつい目新しいものに理由づけしたがるのは、欲深い証拠かもね」
平然とした口調なのだが、濃厚な化粧の奥からかがやいている瞳の崇高なまでの優しさに、純一はたとえ先入観があったにしろ、やがて母となる運命の底知れないちからを感じてしまい、その皮肉めいた言い草に本来宿っているべきものなど実はないのだと云う、不思議な予言を教えられているようで納得してしまった。
そんな逆説を放っているのが妊婦であり、しかもすぐ後で知った香穂の年齢。まだ二十歳であることが奇跡を呼び寄せるための装置であるかのごとく作動した。
早熟な態度と醒めた幸福感、少しばかり年かさであることがここまで大きく開きを告知していることに初めて触れるのだった。
とは云え、純一の穿ち過ぎもまた同罪であることを知らしめられるように、
「なによ、あんたは結婚するからいいでしょうけど、つかみとれない人間はいつだって右往左往しているものよ、去年まで半べそかいてた癖に」
ついむきになってしまったと言いた気な、しかし、決して攻撃的な勢いはなく、むせこみながら語尾が下がってゆく麻希の音調に同感してしまうのが、切なさに共鳴しているふうで、ふたりの言い分に振りまわされている自分が浅薄に思えてくる。
そんな主体性の適当さに自由をあてはめてみるのも、悪くない禁じ手だとしたらなどと、ぼんやりした意識がぬくもったのはやはり酔っているせいかも知れない。
そうこころの片側をやんわり見返してみるのだった。

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