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美の特攻隊

てのひら小説

投函 〜 あの夏へ 12

この季節を感じることは、もうすでにあきらめにも似たやるせなさで上着を脱いでしまっていると云う、そもそも夏着に裏地などと辻褄の合わない道理をあてがいながら、ほどよく袖が抜けていく気楽さと遺憾を途上にて受理する風趣にあった。
安閑としているのは抗うことに意味を求めようとしない摂理、そして心残りなのは、また幾度かめぐって来るだろう夏日に対する憧憬をねじ曲げてみた拘泥。
冷房が行き届かない為か、いや、むしろ情緒を重んじるため開けひろげられた縁側に置かれた扇風機の生暖かい風を得る、安息にも似た静止した望み。
少年が振り返る郷愁は美しくも歪んだ過剰によって、ちょうど近視なのか遠視なのか見わけのつかない眼鏡をかけてみるときのように、期待が増幅されたまま後方へ追いやったはずの光景をすぐ様たぐり寄せるのだった。
その反射神経こそが瞬発力だと己惚れる拡大鏡をふんだんに活用しながら。
純一の微熱は体内から発したものではなかった。それは季節が、このまちが、自分をとりまくあらゆることが、ひかりごけに類する作用として彼を呪縛せしめているのだった。もちろんそんな効能を感知していないわけではない、何故ならば、少年が育んだのは自ら霊媒師となって宣託を受けとろうとする実相にあったからである。
酔い心地は宵闇ににじみながら小さく閃光する花火のようだった。

一皮むかれた純一の意識には先程までの転化する視線の分配が、あたかも天啓によって導かれることで解かれる方程式の如く、整然とした活路に開かれている。
麻希の人なつこさを身上とした根掘り葉掘りの質問に応えると云った流れは、すでに平静のうちに水路を抜けるようたおやかになびき、ことさら生硬な理屈をこねてまわすまでもなく、如何にも自分らしさを未熟な思念のまま伝えることで、ときおり集中し聞き耳そばたてる香穂や森田の表情の肌理をなぞりつつ、また冗漫な加減で茶化すことも忘れず、こうして注視されることに快感さえ発生している情況を作りだしていた。
学業を放棄したのは単に学歴社会に疑問を持ったとか、田舎暮らしに憧れたのも自然回帰的な安易な発想ではなく、あくまでひとつの選択肢として思慮された結果であること、最終的には両親の意向をくむ形に落ちついたから今があるのであって、自由などと放言してみたところで本当の意味での解放には繋がらないし、繋げようとも案じてないと云う不遜な態度を率直に述べてみれば、これは純一自身覚悟していたのであるが実際は思いもかけず、若気の至りなどと紋切り型の反応がかえってくる予想を裏切り、
「けっこう、そういうのって恰好いいじゃない。ちょっとした反抗よね」
「どうかなあ、本人にとってはちょっとどころじゃないと思うんだけど、流れを自分で変えてみたかったというのはわかるような気がするな」
など、ふたりの女性が交互にうなずく様相は以外な調子を打ち出して、
「そうだよ、おとなになったからって分別がしっかり出来るものでもなし、好きなことをやれるうちにやっておくのも悪くはないよな、もっとも後悔さきに立たず、かどうかは知らないけど、誰のものでもない自分の人生だからね。寝た子を起こすべきか、寝かしたままにすべきかは誰の判断でもないよ、俺もえらそうなことは言えないけどね、、、でもひとそれぞれさ」
と、幾らかのはにかみを残しながら笑みが急に引きしまる打算ではなく、余韻のなかにそれまでの姿が残り続けているよう接続点を感じさせない森田の含蓄ある言葉を、噛みしめ聞き及ぶと云う自賛へ高騰していくのだった。
こうして初見の人たちも含めた共通の認識の裡に自分がいると云う事実は、純一に格別の陶酔をもたらした。
「それで、親戚の家の居心地はどうなの」
その頃にはこのまちへとやって来た初日の感想なども、年少時から温め続けた卵のように柔らかに、しかし程よい熱意で大事に扱うことを貫きながら語りだし、現実にも則していった順化の行程に足もとをとられているのが他人ごとのように小気味よく、ついつい口を滑らしそうな朱美の魅惑を押し殺しているのも不本意かと、もたげる肉感の原色に染まりかかる背景を怖れつつ窺い、それでいて震わすのど仏との共存を配慮してみるといった、葛藤のあと胸のなかに沈みこめる節度を讃えることで、けばけばしい色合いは薄められ、淡い恋情となって溶けだしながら、やはり秘匿された宝石箱の内蓋のようにその光彩は軽減されることなく、閉ざされたままあらたな領域を人知れず照らしだした。
さらには、こう云うふうに純一を喋らせた。
「奇跡は自分で発見するものですよね、ひとからあたえられるものじゃなくて、そう思ってました。いままでは、、、でもこのまちに来てから少しづつ変わり始めました。あっ、はい、居心地はすごくいいです、綿菓子のうえに乗っているみたいな感じがします。ちょっと底なし沼のように抵抗感がないのが大変ですけど」
すると、麻希はすかさずこう返す。
「なら、その綿菓子を食べちゃったらどうなの、案外と早く底が見れるかもよ」
ここに来て痛烈な光線は人為を経ることで危険信号になる以前から、光明によってあらかじめ内包されている如来蔵が見いだされた。
瞬時に網膜へと到達してしまう運命を呪いながら、生命を賛美するため幾層にも重なる音階の裡に、最もふさわしい諧調を得るのだった。