美の特攻隊

てのひら小説

夜の河 〜4

その日、深沢久道は所用で車を走らせながら、昨夜みた夢がどうしてこんなに印象深いのだろうかと首をかしげ、川沿いの道に出たところで浴衣すがたの若い娘とすれ違ったのだが、次の瞬間、ふとサイドミラーに目をやった時にはすでに距離を隔てており、しかもこれこそ夢か幻か、川縁からその娘が飛び込んだように落下してゆく奇態な光景が鏡に映りこんだ気がした。
ある程度のスピードが出ていたこともあって、振りかえる余裕もなく又、急停車するには大仰に思い、少しばかり速度を緩めふたたびサイドミラーを注視してみたのだが、そこに人の気配は感じられなかった。

久道は特に驚いた様子も見せずそのまま運転を続けた。
と云うのも先日、自宅の風呂場の窓より夜空に光る物体が変則的に飛来しているのを目撃し、あわてて湯船から飛び出すと、居間にいる妻を呼びよせ庭先からその方角をふたりして見上げたのだけれど、月あかりと不動に点在するかの星のまたたきが上空を支配してるだけで、そこには何ら異変は生じてなかったからだった。
もう慣例になっている、こういった事態に無言の落ち着きはらったまなざしを向ける妻に対して、久道は同じく冷静さを取り戻した面持ちに返った素振りをしながらも、ひとつの大きな確信が肩すかしを食らった時の失意を覚えてくやしがった。

未確認飛行物体にしろ、有史以前に地球に降臨した異星人が何らかの影響を現在に到るまで及ぼし続け、その結果として歴史が動かされていると云う謎めいた伝説、あるいは太古に存在したと呼ばれる高度な文明をもった大陸にまつわる諸説を、肯定的に把握できることが特権的な人格であると信ずる心性は、敬虔な宗教者や絶対者に帰依する思念とはやや赴きの異なるものであり、その異相には紛れもない先見が宿っているのであって、常人には見えない大きな皮膜を突き破れるのは、この意識の目覚めでしかないと云う優越感が久道の道先案内だったのだ。
それは知り得ぬものを透視する超能力が、我が身に潜在していることを証明する最善の方法に違いなく、先行きへと進む足並みには不変の陶酔が保証されていた。
自分の目にしか映らない現象こそが、至上の光景となりうる。

随分これまで幻覚と思われそうな場面に遭遇してきたのも、決して不可解な事ではなかった。
すべてを透視できる能力が万全に備わっていないから、夢見のように断片的な事象が立ち現れては消え去る。それらが全部意味あるもの、更につきつめれば何らかのメッセージを秘めているのではないか、一見無意味に感じる破片を根気よく寄せ集めてみれば、必ず整合性をもった現実へと結実される。
かつて誰も知り得なかったものが、想像を絶するあまりに巨大で深淵な宇宙が明確に見えてくるのだ。
しかし、若い頃のあの独善的な思惑、それらを超越した彼方、約束の地にそびえる塔へたどり着けるのは自分だけであると云う、自負心は三十も半ばの年齢になった今では次第に弱まって、代わりにこれまでの体験や研究の成果を世に現すことが啓発になるはずだと、かつては嘲笑し相手にしようとさえしなかったまわりの人間らに、噛んで聞かせるように要点を絞り、熱意をもってふれあえば必ず理解を得てくれると思い始めていた。
無論そうなると体系化した理論を全面に指し示すことが肝要になり、早くも難問が横たわってしまった。

久道の感性からすれば体感的な理屈ではあっても、他者からしてみれば超常現象とやらの実証は、感得不可能ゆえ、いい意味でも悪い意味でも一種のロマンに包みこまれ隠されているもの、最先端の物理学や宇宙論を一般者が容易に理解しづらいのとは別で、それは科学が壮大かつ綿密な仮説の上に構築されるたゆみない努力を、随分と端折って安易にしかも高遠な理念だけは手放さず、説き聞かせるこちら側の言い分に少なくとも明解な要所がなければ、やはり心霊主義を唱える限界と区別がつかなくなってしまう。
そこで久道が思いついたのは、夢の分析を通して深い考察を行なうことだった。
人の夢を他人は直接見ることが出来ない、個人的で非論理的な混沌たる体験、各人の夢見こそがもっとも身近で感覚が際立つ超常現象だからである。

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