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美の特攻隊

てのひら小説

夜の河〜16

偶然とはいえ故郷に縁のある大学教授と隣り合わせの、しかも列車内と云う情況が初恵を高揚させた。
もともと権威や勢力などへの興味は薄かったのだが、義務教育の地続きである高校生活から社会への前哨戦とした旅立ちにも似た専門学校への入学を経て、そこで学んだ体系的な知識や、地元とは色合い異なる各地から集まった同年代の学生たちとのふれあいを通し、自分なりにも一皮くらいはむけたであろうと云う自負が日増しに育まれていくことで、逆に歴史観や政情といった世の中の動きに敏感になりはじめたのである。
ちょうど経年によって子供部屋の天井に手が届きそうな感覚を見つけるように。

大人への距離感は微妙な均衡のうえで成り立っている。
まず両親が一番身近な存在であったし、学校の先生、週三日で通っているファーストフードのバイト先の店長や、時折足を運ぶ定食屋のおやじさんなど、みんなそれぞれに住む世界が備わっている気持ちがして、しかし固定される人生の足枷をそこに見てしまうのも実情で、未分化のままで停止し続ける永遠の少女でありたいと云う願望は、地下深く埋めこまれた財宝のようにこころの内部から隙間をぬってきらめくことを忘れなかった。
自分が年齢的に照らし合わせて、揺れうごく季節のまっただなかにいる事実はよくよく理解できた。
またその足もとが定まらない不安も影といつも背中合わせであることを了承してみれば、反対に空元気は得体の知れない充足で満たされているようで、力強ささえ兼ね備えているのではないかと思われた。
未来形である自己に怯懦しか見いだせないのならば、過ぎ行く時間をひたすらに焼却しているとしかいえない。
しかし燃焼するエネルギーが現にこうしておびえを呼び寄せるために稼動している事実がある以上、要はもっとも最適と信じられる方法を選びとるしかなかった。

初恵のなかでは既成概念に凝り固まった選択肢はすべて唾棄すべきものとして映った。
ありきたりのファッション、どこにでもある家具、垂れ流しの音楽、保守化しきった金権政治、取り替え可能すぎる友好関係、使い捨てのセックス、これらを侮蔑しながらも、そこから脱却できない自分を悔やんでみた。
すると腹立たしさもさることながら不思議なことに腹が減ってきて、パジャマのうえにコートをはおって飛び込んだ近所のファーストフードの店でハンバーガーをほおばりながら、BGMとして聞こえてくるアイドル歌手の歌声を耳にしていることも忘れ、目にしたのは求人募集の張り紙で、気がついてみればその紙面をよくながめようと立ち上がっているところを、店長らしき男性から求人案内の詳細を知らされ、翌日からは隔日のアルバイトに精を出しはじめていた。
やりたいこと出来ることをやると云うのはこうしたことなんじゃないだろうか、、、初恵のクラスに高校時代から援交ひとすじを貫いている子がいて、今の専門学校もその援助で入学したというのだから呆れながらも感嘆するしかなかった。
また、過剰なくらいあちこちに男友達をつくらないと気がすまない子は、常に数人を掛け持ちしているらしく、なかでも一番燃え上がるのは相手に彼女や妻がいる場合で、かと云ってそれが略奪恋愛とか真摯な情熱など持ち合せてないままに、まわりへの影響など一切顧みず自分の欲求を満たし続けてやまないことが自然体であるかのように、そんなシチュエーションを愛しく思ってでもいるのか、彼らとの熱烈な情交を尋ねもしないのに延々と語りだした。

初恵は正直、そんな連中を思いきり見下げながら、別の友達についつい愚痴っぽくこぼしてしまうこともあった。
そして散々小馬鹿にしたあげくに、話し相手が割と楽しそうな顔をして聞きいっていることが、なにかつじつまのあわない光景に見えてきて終いにはしらけきってしまうのだった。
「たしかにくだらないことを言っている。そのくだらない話しで他人が笑顔でこたえるのなら、わたしだけがやはり取り残されたとも言える。それとも過激なものに惹かれるように、あんな自己中的な子らをどこかでねたんでいるのかしら」
大人の世界だけではない、まわりの世代の世界でさえ、初恵の思惑から大きくこぼれ落ちようとしている。成熟を待たずして枝を離れる果実のように。

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