美の特攻隊

てのひら小説

ロベルト伯爵夫人

ロベルト伯爵夫人にとってこれまでの道のりを振り返るとき、おのずと立ち現れてくる言葉には、枯葉が枝の先からこぼれ落ちようとする光景をあぶり出して、風の気配とは無関心な乾いた響きをもっていた。
少女から艶冶な風貌へと移り変わる鏡のなかの自分に言い聞かせたあの声が、くすみを知らぬまま遠いこだまになって舞い戻ってくる不思議は、伯爵夫人の未来へと限りなく連なっていた。

「あなたにはわからないでしょうが、恋にとらわれずに婚約者が決められる因習をどう受けとめてよいものやら、、、もちろん不穏な空気ばかりに包まれていたわけじゃないわ。
おとぎ話に聞かされた王子さまの幻影に胸の高鳴りを覚えたのも事実、いえ、それ以上に思惑がまぼろしを引き連れ、夜な夜な寝室のなかをさまよいだしたの。あなたがこの城を恐る恐る見やるように、そして珍しがるようにね。
ところが風の便りは、闇を切り裂くムササビより速く、目の色を読まれているにもかかわらず卑屈な追従を表わす召使いどもより手際よく、悪寒が走るまえにすべてあきらかにされてしまった。
誰が報せたと思うかしら、とんだお笑いぐさよ、窓硝子にへばりつたナメクジがそっと教えてくれたの。ええ、そう、言葉ではないわ。
でも霧雨が空の色を哀しみに誘ったとき、わたしは小指に痛みを感じ、そのしびれのような痛さをこらえようとしなかったのは、月影を慕いだした頃、硝子越しの明かりへ浮きあがる顔にしのび寄る迷い鳥にこうささやかれたからなのよ。
『夜は終わらない』
以来、迷いなんかではなくあきらかに伝達するため、昼夜おかまいなく様々な生きものがわたしに近づいてきた。
そうね、この世のものとは思えない訪れもあったわ。鼻を鳴らしながらじゃれつかれたのは死んだはずのシシリーだった。代々その名を引き継いでいる雄の番犬よ、かわいそうに三日まえ毒蛇にかまれてしまったの。
まちがわないで、なにも動物たちと会話が通じるなんて言ってないのよ。シリリーは特別なの、わたしと同い年だった。だからといって怪しい力なんか備わっていない、すべては婚姻の日取りを耳にしたとき決定したと思う。
浮き立ったのだわ、この胸の底のさざ波が大きく、因習といってもわたしには夢のひとこまであり、世間知らずの遠いまなざしは流されゆく運命だった。
わたしは煩悶することで、胸のざわめきを悲劇に仕立てあげようとした、そうすることが期待を淡いままに保てると信じていたのね、きっと。
婚約者の訃報は晴天の霹靂なんかじゃなかった。
哀しみに包まれることも嘆き苦しむ自身の姿すら想像できなかったわ。そう、わたしは悪夢から逃れただけに過ぎない、目覚めはいつもの寝室の空気に少しだけ妙薬を薫らせてくれた。まるで部屋の模様替えの居心地のように。
それからの日々は身辺だけが、からまわりしているみたいだったわね。
ただ見つめていただけ、これが噓偽りのない心境だった。心境というのもおかしいかしら、そうですとも、空洞をどれだけのぞきこんで見たところで、なにもこの目に映りはしない、、、ねえ、ニーナ、新たな嫁ぎさきはそっと知らされたものよ。
ええ、あなたが星のまたたきに見とれていたとき、大地の底からささやきがあったでしょう、同じことだわ」

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