美の特攻隊

てのひら小説

ペルソナ〜13

「吸血鬼が首筋に残していくふたつの穴を説明するのは簡単でした。
喉にかじりつくと云っても肉に食らいつく野獣みたいな手段とは違って、あくまで優雅に鋭い牙を食い込ませて血を吸い取ってしまう、どれくらいの量と聞かれたときには、それは本人の腹具合だろうね、そう茶化すと、にっこり笑みを浮かべていましたから。
別に牙がなくたって薄皮のあたりを少し傷つけるだけで血は出てくるなど、もっともらしいことを真面目な顔つきで話したあと、美代だって外で転んだりして膝やら手から血を出したこと何回もあるだろう、そこをなめたりしたりしないかい、こう唾をつける感じでさと言うと、どう察したのかもう一度表情をゆるめたのでしたが、その微笑は今まで見せたことのない嫌に大人びた目つきだったのです。

そしてきつく噛まないでと、ひと言残しなんと両のまぶたを閉じたのでした。
刹那の動揺はさきほど説明した通りで、気がつけばまず片方の腕で美代の肩下を抱いており、そっと閉じられたつぼみのような目もとに見入ってしまったのです。
いえ、瞳のひかりがこちらに放たれていないにもかかわらず視線を合わせているようで、その方がまた数段と気恥ずかしさが募り、しかもうしろにしなだれた弾みか唇が少しばかり開かれ、そこには薄紅がひかれたのかと見まがう色づきに染まった、艶やかでなめらかな表情が眼前に飛び込んでいたのです。
まだ触れもしない、いや、未だかつて兄妹とは云え近づいた試しさえない柔らかな異性のくちびるが、無言でわたしの本能にささやきかけてきます。
ふたりとも畳に座った状態でしたので容易にそのまま倒れこむ形になってしまい、背にまわしてない方の腕も自然と同じ行動をとろうと懸命になったのでしたが、身の丈と骨格の違いが離れ過ぎているため抱くと云うより両腕が縄になって縛りつけてしまっているようで、どうにも痛々しさにとらわれしまい、きまりが悪くて私は速やかに抱くのをやめ、今度は手のひらがあろうことか美代の胸もとをなぞったかと思うと、健気にふさいだままの目が開かないのを祈りつつ、ゆっくり腹のあたりまでほどほどの力で触れていったのでした。
ざっくり編まれたセーターの感触を通し、人形を思わせる体つきにとまどいながら、私の指先の動きは平坦を滑りゆく清純さからはかけ離れて、きつくホックで留められた厚手のスカートの辺りをさまよいはじめ、ためらいは鼻息と一緒に吐き出す不純な願いでしかなく、どうした訳かわずかな呼吸しかない美代のすべてを見定めてしまおうと悪鬼を我が身に乗りうつらせようとした矢先でした。

自分は吸血鬼なんだ。だからまず首筋に意識を向わせ少しばかり噛むふりをしなくてはいけない、、、ええ、もちろんわかっていました。
ここまでだったらお医者さんごっこでおしまいにできる、勝手に這い出した指先など忘れ去ればいい、とにかくこうして黙っている妹の期待と自分の思惑はまったく方向が別なはずだと、信念にも近い思いが突発的な荒くれで突き動かされている感情を諌めだしたのでした。
そして反対に隠れ蓑の下に蠢いているすべてを葬り、もとの怖い話好きの兄に立ち戻るべきなのだ、だから噛むふりは大仰におこなうのが正しい、そう念じてから私は薄皮で守られているような美代の首に歯を軽く押しあてたのです。
たとえ視線が通じてなくともその瞬間、美代の眼が輝いたのがわかりました。
同時にそうじゃないの、まるでひそめる意思をはらんだような声がつぶやかれ、なんと云うことでしょう、私の顔をにらみつける素早さを見せながら、その可憐なまだ開ききってはいない唇でもって信じられないほどに激しいキスを求めてきたのです。

いいえ、私が欲したのは実のところ二度と見届けられないであろう女体と呼ぶには早すぎるけれど、性欲を満たしてくれるかも知れない裸体への接触でした。
しかし美代の処女を破るなど、いくらなんでもそこまでは考えてもおりません。
それにキスだって及びもしない、信じていただければですが、あまりの急な逆転劇に驚いてしまった結果、美代のなすがままに空恐ろしいくらいの欲求が舞いはじめたのです。
ちょうど息つぎの具合で接触がなくなり互いの顔を見つめあった際、美代は笑みを作りだしていました。ませた表情は消えて無くなり、いつもの屈託ないあどけなさに帰っています。
これは夢を見ているでは、そう思うのが当然かと狐につままれた状態はある種の救いでもありました。
ところが一気に希望を打ち破るごとくこう言うではないですか。
お兄ちゃん気は済んだ、聞くところによれば、美代は友達とこの間からキスの練習をしており、むろん女の子同士だけど男は私が初めてだそうで、今日のことは絶対誰にも喋らないよう妹から念押しされる始末で、もはやどっちが欲情を秘めているのか分別なんかできません。
どうです、少しは謎が謎らしく整いだしたのではないでしょうか。

その夜の私の落胆と羞恥のほどを忖度いただけるかと、、、夕飯時には家の者らもそろってましたし、食卓の雰囲気はいつもと変わりはしません。
窓の外から次第に大降りになってきた雨音に皆の注意が向けられたのは幸いでした。
久しく日照りが続いていたせいもあり、天気予報では明け方まで強く降るでしょうとのこと、美代の顔つきはとても自然でした。間違いなくすぐ泣きべそをかいていた美代に違いありません」

 

 

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