美の特攻隊

てのひら小説

夢の一日

【第4回】短編小説の集い 参加作品

 

まだ日曜と平日の境界はなく、夜のしじまがゆっくりとまるで羽毛のように寝室へ舞い降りたころ、野山の獣は牙を隠してしまい、そして小鳥たちの羽ばたきが微かなものへ変わる外の気配に耳を傾けながら、さきほどまでのテレビの光景によって焼きつけられた念いが何かしら切ないまま、母におぶられたわたしは、ほおずりしたくなるウサギとリスの絵柄の掛け布団にゆっくり滑りこむと、枕もとの絵本を手にしたのも束の間、まばたきが物憂いことを覚えた。


犬のシシリーは今は亡き城主の娘マリアーヌの言いつけをよく守り、勢いよく草むらに飛びこんで、ちいさな野ウサギをくわえて戻ってきた。
マリアーヌは冷ややかな目つきで見据えると、すばやく獲物をかすめとり、木陰から木陰へ渡り歩くようにしてその華奢な背中を遠のかせた。
茫然とした面持ちのシシリーは取り残された侘びしさより、陰惨な手によって弄ばれる野ウサギの運命を憐れみ、そしてご褒美のつもりか、鼻先にばらまかれているラムネ菓子の匂いが放つ甘酸っぱい香りに胸を痛めた。

「ちがうわ、ウサギとリスは仲よく丸太に座っているのよ」
わたしは絵本の内容と夢のまじりあっている不思議な浮遊感のなかで、愛しさがひたすら焦燥をともなった愁いに包まれてゆくのを知り、寝言をほの暗い室内へもらした。とまどいがわずかな衣ずれを引き起こすように。

陽光に舞い上がった綿ぼこりを見つめる目には、いつか見た震える雛と同じような肌寒さが取りこまれ、暖かな日射しはどこかよそよそしかったけれど、まどろみのさなかの膜で被われたような安堵から、夢の筋書きをカーテンの隙間に託してみた。
反対に絵本は天鵞絨の床から地下室へと続く暗闇のなかで頁がめくられ、ふたたびマリアーヌの横顔が燭台にゆらめく焔とともに浮かびでた。

「ほら、これをお食べ」
かたわらにうずくまるシシリーのおびえた顔つきなど眼中にない素振りでマリアーヌは朽ちた鶏舎のなかをのぞきこみ、そうささやいた。
「いけない、それは画びょうだ」
無邪気にはいまわる野ウサギにシシリーの声は届かない。
しかし激しい怒りは遠い祖先から受け継いだ信仰によってなだめられ、悲痛な叫びを夜空に溶けこませるしかなかった。有意義な感情は自由を忘れることで、胸のなかに歪んだ思慕を住まわせたのだ。
悲恋を模した大仰な落差に怖れを知ってはならず、そして主従の間にまたがる甘美な屈辱から逃れることはできない。

わたしは布団の絵柄とラムネ菓子の袋が同じものだと信じていた。
おさない日の記憶はあいまいな情景に守られて、ひかりはどこまでも透明でゆきつく果てはなく、闇はひかりのなかでまばゆい羽衣をまとい続けていた。

「だいじょうぶよ、それは画びょうなんかじゃない、ラムネ、くちのなかで雪のように溶けてしまうの」
シシリーが不思議そうな表情でうしろを振り向いている。
おしまいはそんな場面だったと思う。

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