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美の特攻隊

てのひら小説

青春怪談ぬま少女〜4

時間はこれまでと同じでよどんでいたけど、ところどころ透明な感じが胸に入り込んできたから、ひどく沈滞しきっていなかったみたい。
すでに水圧の作用なんか身体から離れているし、沼底は陸地と変わらない居心地に落ち着いていたわ。あくまで無心に近い場合に限られていたけれど。
で、その透明な感覚がちょうど水玉模様みたいに思えてしまった。これは妙なイメージですね。きれいとまではいかないけど決して悪い見映えではなく、、本当はさわやかな気分になったのでした。どうしてこんなこと言うのかって、、、それはなまずおじさんが語りだした説話に促され、浮かんでは消えるシャボン玉の効果を多分に含んでいたからじゃないかしら。
みどろ沼の秘密がいま解き明かされようとしている。死人は意識を取り戻すのでしょうか、悲願は隠れたりえずにしっかり大地に、あっ、この場合は水底だけどしっかり根を張ってわたしを包摂する。まるで映画を観ているような緊張感がみなぎりました。
抑えきれなくなった疑念がはっきりした目覚めを引き起こし、質問攻めの形勢になったところから幕は開いたのです。はかなげであろうとも直感を認めてくれたなんて素敵なことだわ。とすればこの沼には掟というか、仕組みというか、つまり何らかのシステムが稼働しているように思えて、意識すればするほどに時間との距離が計られ、反対に遠のいてしまった出来事が身近に迫ってくる。これは正常な感覚でしょう、卑屈なため息や芒洋とした夢はもういらない、今を感じるんだ。

「わたし身なりから高校生と自己判断しました。それに切れ切れながら学校での光景を短い間だけど張りつけられます。誰に殺されかはわからないのでしょう。もちろんつき詰めるほどにはらわたが煮えくり返りますよ。しかし沼に沈んできた事実からしか始まりはないのですね。あなたたちを見ていてそう確信しました。だから生前の記憶を取り返そうとは考えていません。まったくと言えば嘘になるけど、とりあえずここでの暮らし方を学びたいのです」
「ああ、いいとも」
なまずおじさんの語気は柔らかい。わたしは又またしくじりの予感におびえながらも問いかけてしまった。
「ここに来て日まだ浅いってことでよろしいのですか。聞き分けのない子供をなだめすかすふうにたっぷり歳月かけて意識がめばえたとは思われません。だってわたしはそうじゃないのですよね。ではどれくら前からここにいるのでしょう。現世では西暦で時代を表していました。幽霊が発生する未知な領域ではおそらくそんなものとは別の暦があるのではないですか。スタートレックだと宇宙暦ですからさしずめ沼暦とか、あの世時間なんていうのかしら」
スタートレックとやらは知らないが西暦は分かるさ。月日の経ち方もな。あんたは半年まえだった。眠れる、、、ここでは死者はそう呼ばれているんだ、でもあんたみたいに目覚める者もいてな、それは簡単に言えば幽霊ってことになるんだよ。ところが当人はよく事情を理解できないのか、現状否定しながらまどろんだり、なかには暴れはじめたりもするやっかいな奴もいる。
わしらはそこには一切関わらないし姿を見せることもしない。それにいくら暴れようが発狂しようがここの水圧は勝手気ままを放置したりせんよ。やがて生花がしおれるみたいに大人しくなるのが定石、そう思わんかな。沼暦ときたか、そりゃあるといえばある、しかしあってないともいえるんじゃ」
疑心をはさまず素直にうなずけた。
産声をあげて誕生したのち、世界を手探りし見聞きし、空想、言葉を介して切り開いていった頼り気なさ、強靭な意志を宿している実相には覚束なかったけど常に手応えは鮮明な感情をともなっていた。喜怒哀楽をバラバラに飛ばしつつも、不確かな連動は呈をなしていたから、そこにあるなんて実感をかみしめてみる意欲は持ち合わせていなかった。家族のなかで育ち路地の奥を迷路みたいに恐がっては次第にちいさな地図が作られ、自分をとりまく環境が把握されたころには保育園に通っていたんだ。
きっとここでも似たような発展が望める。沼であってもう沼でないじゃない、水を感じないくらい自由に歩きまわれるし、なまずやカエルの顔を変だとも思わなくなっている。赤ちゃんと違ってすでに言葉を習得しているのは驚異だわ。死んだら無なのに言葉が先行している。お経じゃありません。
こうした考えを亡きがらは抱えこんでいて、なまずおじさんのもの言いに首肯してみても不可思議と意気込みは抜けたりしない。しないどころか段々わくわくしてきた。
「ないものは今度でいいです。難しいそうだから、それよりあるものを教えてくれませんか」
「よろしい」
「どうして自覚が孤独へつながったのです」
「それはあんたが一番よく知ってるだろう、初潮を迎えたときを思い返してみなさい」
「よくわかりませんけど」
「そのうち解せるさ。太鼓判を押すよ」
「はあ、そうですか。では時間についてです。あり得る方をお聞きしたいのです。西暦とは異なるんでしょうか」
「西暦なんてたかだか二千年、紀元前とて同じ原理じゃな。この沼もそこらへんは一緒だよ。24時間は24時間で朝昼夜は繰り返して四季がめぐる」
「ということはここは日本なんですね。そう日本語で喋っている。わたしの推測では沼のすがたを借りたあの世であって次元も違うだろうから、自国にこだわる必要もないのかなと」
「こだわるもなにも日本語で話してるじゃないか。次元うんぬんはその通り同じ時間が流れている。ただし、わしらはこのまま歳をとらない。あんたもずっと女子高生だ。死者は成長しないのさ、魂は別だがな」
納得するべき箇所はそうしたらいいし、疑わしい部分はとりあえず脇によけておこう。わたしの執拗な問いかけに対してややいら立っているふうにも映ったけど、なまずおじさんは根気よく習い事をを仕込む調子であれこれ解説してくれた。
息継ぎするのを意識しだしてからその間合いに静かな気配を感じたあたりが一段落といったふうです。ではそこまでを一通りお話しましょう。

次元の相違に関してはあまり驚きはなかったけど、日本のどこかの別次元って解釈は妥当だと思うのね。わざわざ外国に存在する必然性はあり得ないし、我が国に西洋の幽霊が訪ねてきたって話しはたぶん聞いたこともない。
土地は土地なのよ。とすれば異界は案外すぐそばにあるかもね。みどろ沼の名の由来はなまずおじさんも知らないらしく、肝心の場所の特定にいたってはあやふやにはぐらかされてしまった。何県何町なんて聞き方したのが悪かったのかしら、まあいいわ、いずれ明らかになりそうな気がする。
それより永遠の女子高生って凄すぎる。うれしいのかもったないのか、価値の計り方自体がよくわからなくて、混乱してても仕方ないから気分を泳がせたまま、横で黙ってひかえているカエルおばさんの顔を見てたら急にお腹が空いてきてグルグル音まで鳴りだした。
恥ずかしいというより脳内活動に押される勢いでこんな考えがよぎる。きっと他にも住人がいるに違いないわ、まだ見えないだけらなのよ。
これも自覚の問題みたいなので言及はできませんけど仮にですよ、沼の畔にさえない中年男がたたずんておりまして、わけあってここに飛びこんでいつしか目覚める、そしてわたしと出会う。いえ、出会うっていっても偶然ね、すると中年男はわたしに恋こがれてしまい、しつこくつきまとわれたりする。わたし永遠の女子高生なんですからね、モテモテで困ってしまうんじゃないかしら。もっとかわいい子が現れたところで不変は不変よ。
そのうち相手に対する気持ちが見た目じゃなく、優しいこころなのだって思い直し見た目のさえないその中年男と結ばれたりするのでは、、、もちろんデートを重ねてお互い認め合うのでしょうけど。
なんて想像をめぐらせてしまったものだから結婚制度について訊ねてみたの。
「あることはある」
なんとも端的なひとこと、まったく幽霊だって変わりないのね。それと家、住むお家よ、どこにも見あたらないじゃないの、さっきまでの長く感じられた扉の謎はさておきこれも「いずれ見れる」でばっさり。
じゃあ食事、お腹へったなあ~、これは実際そうだったので、いったいどこでどうやって食べているのですって声を張り上げてしまった。するとカエルおばさんが「今からうちにいらっしゃい」って言ってくれたの。
もう半泣きだったわ。ちゃんと食べれるのね、なんだって食べるわよ、嫌いな干し椎茸もピーマンも食べる。そうと決まったら問答は道すがらってことでみんなてくてく歩き始めた。
途中で少しだけでもみどろ沼の一端が見えてきた喜びがわたしを陽気にさせ、能天気へ傾かせ、ついつい気がかりだったにもかかわらず禁句とこらえていた懐疑をもらしてしまった。どうしてふたりは人間の顔をしてないのですかって。
口を滑らしてからあわてて申しわけなく肩をすぼめたみせたけど笑い声しか耳に入らない。そして一本とられたのよ。
ムーミン谷のみんなは仲良くやっているじゃないか」ってね。
わたし試されていたのかあ、なんて今度は肩を落としてしまいました。現世でもひとの詮索をするのはあまり好ましくありません。幽霊にだってこころはあるんだ。だから化けで出る。早く出たかったのは隠しきれない心持ちだったけど、先にご飯をいただこう。とっても楽しみだわ。