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美の特攻隊

てのひら小説

青春怪談ぬま少女〜11

封筒をビリビリじゃなくそれはそれはありがたくね、といっても実際は震えつつ開封しました。
読んで話すほどのことでもないんだけど、、、明日から登校するよう、遅刻は厳禁、きちんと制服を着用する、あれこれ質問しないなどという事務的かつ高圧的な文面でした。
あとご丁寧に学校までの道のりの大雑把な地図が、ちゃんと赤ペンで記してありました。これは少しばかりほっとしましたね。
強制労働者にとって瑣細な指示がときにはうれしさ覚えたりすることあるように。
所詮こきつかわれるのだが自分の身を案じてくれている、なんてね、本当は卑屈な気持ちが過剰に反応しただけに過ぎないだけかも、しかし胸のうちがわずかでも温もればそれはそれでいいのよ。目くじら立てる必要はない。
弱い立場だからこそ、自己欺瞞だって有効に活用しないとね。
電話機のあり方にもある程度了解したわ。ここは自由な世界とは違う。死んで化けて意識が灯っている。わたし死んだら無になるって思ってたから、その無をまた想像したりしてね、たしかこれはまえにも話したかな。
ところがですよ、ゲゲゲの鬼太郎のうたではこんな調子じゃないですか。
おばけにゃ学校も試験もない、会社も仕事もなんにもない、ただ運動会はあるみたいだけど、、、死なないのはわかる、だが病気はどうなんだろう、もしかしてこころの病い、なんかやらかして10年学級に転入させられたのかしら、規則を犯したからなのか、落第に次ぐ落第の結果だろうかと、もう考えだしたらきりがないのでやめておきます。

行きますとも、はい沼高校11年生ですしね。もう行くしかないです。ところで気にかかったのが厳しそうな先生が言ったあの言葉。
「昨夜、ユメを見なかった」
という叱責だった。どうして初めての夜に、、、あっ、違う、わたしは11年生なんだから当然まえにもどこかで寝起きしていた。こんな荒涼とした地の一軒家かも知れないし、あるいは他の生徒たちと寮に入っていたかも。
ユメ、ゆめ、夢、、、こころがけがいけない、これはどういう意味合いなんだろう。
洗顔だけじゃなく熱めのシャワーを浴び、さっぱりする身を愛でながら汚れが流れおちてもそれは肌の表面だけを洗っているだけみたいで、どうもしっくりこなかった。意味じゃない、けど問題には違いない、いけずな先生がああいうふうに念を押すところを察するれば、けっこう大事な規律かもね。宿題やクラブ活動よりも。
冴えないあたまをひねらせていたせいでシャワーから発する湯気がもうもうと立ちこめて、増々見通しが悪くなった。バスタオルで全身から吹き出た汗を拭いながら、小窓を開けたそのとき、さわやかな空気と一緒になってあるイメージが霞のなかから現れた。
鮮明じゃなかったけどあと少しで手の届きそうなもどかしさ、使い慣れた単語を忘れてしまったような浅いくやみ、けれど深みに沈みこんで容易く引き上げられない、そんな名状しがたいイメージ。
焦るな、そう自分に言い聞かせてとりあえず新しい下着を身につけ、人影のない外の景色に目を泳がせる。どのみち明日になればおおよその疑念は晴れるでしょうが、これからまる一日時間に苛まれてしまいそうで不快な気分をはらえない。それでも広々とした大地に目配せする。
焦りは逃げていかない、代わりに災いを流し終えた湯気が大気に解き放たれてゆく。ゆっくりゆっくり、わたしの心持ちなんかとは無関係にどこまでも。
無関係、、、言葉にしたつもりではなかった、なのに軽い強迫観念めいた様相で脳裡に刻印された。
きっと誰かに教わったんだわ。学生だもの当たり前よね、授業で習ったのか、実習だったかも、とにかく答えは学校に行けば分かる。けど何かが異なっている、遠い記憶よ、しかも数日まえに見た夢の情景に似てあやふやだ。夢のまた夢なんだろうか。その眺めだったのかなあ、と思うほうがしっくりくる。
自分でも性格がしつこいのやら淡白なのやらつかみきれない。いえ性格もあるだろうけど問題はかかわり方よ、今こうしてわたしのあたまのなかに居座っているものが問題なの、性格なんて濃度を計る機械の目盛りでしかない、だから杓子定規でしかない。

わたしにも好きなひとっていたんだろうか。毎日毎日思いつめるくらいの相手が、、、よく似てるわ、この情況に、きっとこころときめいていたと思う。華やいでもいたし絶対うかれてた。そんなこと考えてたらなんか切なくなってきた。もういい思考停止だ、記憶だって全部とはいかないけれど、細切れでもいいからいつかきっとよみがえってくるわ。
「あれこれ質問しない」なんて注意書きがしてあったのもそれとなく理解できる。
というわけで、想像してたより煩わしい通達ではなかったので、今日一日どうやって過ごそうなんて急に明るい笑顔に移ろったのでした。
では朝ごはんにしますか。好きなものを食べるとしましょう。わたし能天気ではありませんよ、ただの食いしん坊なんです。
でも昼ごはんも夕ごはんも待っている、あんまり食べ過ぎるのも善し悪しね。ちゃんとモーニング風でいきますか。
どれどれわたしは幽霊である身を忘れ、ひたすら食材を物色し、さほど空腹を覚えてないにもかかわらず、素早く献立を組み立て、我ながら呆れるほどの手際でお日さまに感謝しながら食事をしたのでした。
たいしたものじゃありません。といったらヤモリさんに失礼ですね、おわかりでしょう、野菜スープの残りを温め、あとはハムエッグ、トーストにブルーベリージャムをたっぷり、オレンジジュースに豆乳、ちょっとだけ罰の悪そうな顔つきでバニラアイスクリーム、以上でございます。
あとはソファで優雅に寝そべり、音楽をと望んでみても残念ながらテレビもラジオもステレオも見当たらないから、下手くそな口笛なんか吹いたりして無聊をなぐさめる、なんてね、世捨て人の境地をさまよいながら、まねごと程度にストレッチをして、カッカしてきたところで家中を探険、ところが引き出しのなかは空っぽ、クローゼットもくまなく覗きこみ失望を得てから、思いきって玄関を飛び出しくるりとひとまわり。ああ、ため息ひとつ。
どうせ暇なんだからと洗面所に引き返して、歯ブラシ、歯磨き粉だのタオルにバスマット、新しい下着が置かれていた棚を再確認、黒い制服とは正反対に純白の品々をいくつか手にし、微笑んでから不意に涙ぐんでしまいました。
いいえ悲しいからじゃないの、なんかうれしくてね。だって明日はおそらく色んなひとに出会える。もちろん素敵な出会いばかりとは限らないでしょう。恐ろしい罠が待ち構えており、どんな仕掛けにはまってしまうのか、それなりに胸が引き裂かれそうでした。