美の特攻隊

てのひら小説

青春怪談ぬま少女〜17

空腹だったのかな、いや違うわ、それほど食欲はなかった。
ならどうしてなんだろう、食べもので釣られていないはずなのに。
ヤモリさんの顔つきはあの優しい笑みを取り戻しているし、わたし自身の気持ちがあやふやなままなら、冷徹な目線はとりあえず引き下げたほうがいい。
学校だけでなく何もかも懐疑だらけなのはやはり負担がありすぎて疲れてしまう。
とうに開き直ったつもりでいたにもかかわらず、そして野となれ山となれなんて古くさい言葉をかつぎだしてみたけれど、所詮は悪あがきしてたのね。
とらわれの身だとしたところで、また恐ろしい策謀のさなかで息をしていたとして、帰りを待ってくれている人がいてくれるのは救われる。たとえ飼い殺しにされる運命であったとしても。
なんか牛や鶏の気持ちが乗り移った気がする、それはあくまで一瞥をくれたあとの残像にからみつく、不確かで逃げ切りやすい、すでに過去形を抱え込んでいるような感じだったけど。

ソース焼きそばはとてもおいしかったわ。
紅ショウガの赤みはただ単に彩りだけじゃないのね、口のなかで少しピリッとしたとき、わたし泣きだしそうになってしまった。それにワカメのお味噌汁を味わったら、急におにぎりが思い浮かんできて、もうお腹いっぱいなのに食いしん坊らしく自分を微笑ましく思ったりしたの。
で、あとはすでに日常の仮面に覆われ時間は淡々と過ぎていった。
お風呂も沸いてますからって、ヤモリさんの柔らかな布でくるまれたような声を聞きながら、どうしたわけか、その顔から目をそらしてしまい、すねた子供みたいに膨れっ面をし反感からの距離を意識しているにもかかわらず、どうか独りぼっちにしないでほしいって淡く願っていたわ。
青白い炎がそのゆらめきを瞬時に覚えたがらないごとく。
しかし職務をまっとうしたあとの踵の返し方って、嫌になるくらい理解していたつもりだったので悲嘆にくれるほどではなく、明日のことを考えると些細な感傷に溺れている余裕がないのがはっきりして、そう、この先々の気がかりを留め置きたい心細さに他ならないって思えたから、歯をかみしめる調子で黙ってヤモリさんのあいさつにうなずき、遠ざかる足音にうなずいた。
ドアが静かに閉まる音はすでに切り替えの合図らしく耳に届いた。
さあ宿題しないと、、、でも授業内容を聞かないまま早退してしまったんだ。う~ん、仮装は次回までって先生は言ってたけど明日だったらどうしよう。何事が起こるやら分かりませんからね、しっかり案は練っておかなければいけません。
とか念じながらお風呂に入りました。
長々とからだを沈められるかなり優雅なバスタブ、これはお気に入りですね。うっすら額に汗がにじみだした頃にはまだ形をなしてないけど、どうやら投げやりな気分とリラックスが相まって、湯気や水滴にこもったひかりの粒子が微かな色彩を帯び、まあ楽観的に落ち着き始めたってことでしょうが、とにかく仮装の構想を稚拙な手つきながら描かれそうに思えてきた。クレヨン画でなぞる他愛もない落書き。
地縛霊が禁忌でそんなに生々しいのだったら、もう少しくだけた感じがいいわね、妖怪ウォッチとか口裂け女っていうのはどうかしら、でも既成のキャラを使うとまた文句言われそうだし、ここはひとつシンプルにシーツをすっぽり被って、うらめしや~ってことでお茶をにごしておきましょうか。
まてよ、たしか他の生徒ってあの男子以外は特に変装なんか口にしてなかった。たたずむだの、脱ぐだの、抱きつくだのってけっこう行動的じゃない。やはりそこに意義があるのかも。男子は怪しい雰囲気づくりをって話してたもんね、わたしみたいにただ漠然と地縛霊じゃ、ひねりがないと叱られて当然かもしれない。
そうか、なるほどそれで先生は目くじらをたてたわけなんだ。だとすればですよ、シーツを被っただけじゃ能なしってことになりますね。
よく考えてみるとみんなふざけた趣向をもの怖じせず発表してたけど、それなりに気合いが入っているように思えてきた。
つまるところ幽霊としての存在感をアッピールしよう、そう努めていたのだから、わたしの言動はふてくされたいい加減な気持ちしか含まれてないってことになりますね。これは根底から意識をあらためなくてはいけません。文化祭です、たぶん多くの見物客が訪れるに違いない、えっ、早とちりではないです、生徒4人だけの学級祭りなんて想像できないし、先生の意気込みだってあきらかに来賓とか念頭に入れてのことだろう。
まっ、明日学校でそれとなく探りをいれたら、おっといけなかった、探りは質問と同様でした、ここは隠密に悟られないように窺うしかなさそうね。
あれこれ思惑をめぐらせていたらお湯にのぼせてしまったのか、少しめまいがしたので早々にベッドに横たわり、行動的粉飾の詰めをしながら眠り落ちたのでした。
はい、企画倒れをまぬがれそうな考えが一応まとまり、スヤスヤと深い闇にのまれていったのです。
ひょっとしたら夢が窮地を救ってくれたのかも知れない。うとうとし始めるまえにひらめいたのか、その後なのか、実際よく覚えていなかった。まあでも案ができあがったからよしとしておきましょう。

翌朝の目覚めは爽快でも不快でもなく、おそらく生きていた頃の朝とかわりない日差しが朗らか過ぎて、どこかよそよそしい空気をまとっているあの感覚を想い出しました。
そしてヤモリさんが来ていないことに心もとなくなり、昨日あんなふうな言い方をしてしまったからだと後悔しながら、お味噌汁の残り香が一層静まりかえったこの部屋にこもっているようで、朝の光景は決して元気をさずけてくれはしなかった。
でも仕方ないわね、自業自得ですから。帰ってきてヤモリさんがいてくれたなら、ちゃんと謝ろう、うん、それで決まりだ。
では支度して学校へ行きましょう。さすがにもう早退はないと思うとなんだか可笑しくなってきました。