美の特攻隊

てのひら小説

怪奇 幻想

ゆうれい

不思議な色合いのまちなかにいる。 紙芝居みたいにこじんまりとしていそうで思いのほか、にぎやかさは収まりつかない気配を仰々しく伝えてくれるので、胸の奥に温かいものが湧き出て来て、辺りを一通り見回した頃にはじんわりとした感情に包み込まれてしまっ…

ドッペルゲンガー

極寒地では室内より冷蔵庫のほうが温かいそうだ。窓を開けるのは自由だが冷気とは関係ない。 ここで私の語るべきこと、それはもうひとりの自己像をどう認めるかという、心構えの問題に他ならない。では早速窓と共にに奇妙な扉に手をかけてみよう。 ウィリア…

霧の吸血鬼

陰にこもった雨が降り続けているとか、午後の日差しが際立って秋めいているせいだとか、夕闇がせまってくるのをまるで深い洞窟へと踏み込んでいるように錯覚してしまうとか、虫の音がか細く仕方なく感じてしまうやら、別に季節がはぐくむ時間のうつろいによ…

午後3時

隣町まで遊びに行ったのはいいのだが、どうにも帰りの時間が気になって仕方ない。 たいして親しくもない連れは端正な顔立ちをしていて中折れ帽がよく似合っている。 もうひとりも色違いを被っていて、ここのところ洒落っ気がない自分に舌打ちしつつも、やは…

鉄橋から来た少年

社会人になった夏のこと、そう記憶しているのは初々しくも溌剌とした心境と燃え上がった太陽が互いに認め合っていたという強引な解釈なんかではない。あの日の光景を振り返れば、自ずと勤務先の会社の窓ガラスに張りついた天候がまず一番にまぶた焼きつけら…

悪魔払い

あれは梅雨の明けきらない蒸し暑い日のことだった。青みが押し殺されている曇天を見上げているうちに、反対に上空から見下ろされてる気がしてきて、空恐ろしさを覚えてしまった。ああいう時分は空想の産物が晩飯のおかずに紛れこんでみてもとくに深く考えこ…

月影の武者

月明かりの白砂、穏やかでひとけもない、孤高の波打ち際。喧噪が過ぎた気配は幽かに名残惜しく、ただ独りの鎧武者の陰を映し出している。たった一度だけの、したたり落ちる冷や汗は月光を受けて青ざめており、たぶんそれは私自身の心境であったと思われるの…

巣窟

「まったくなんで火を灯したりするんだろう、こっちは熱くて仕方がない。このまえも何かの弾みで落ちてきたろうそくの固まりで仲間がやられた」 芸太の任務は斥候です。たいがいは彼一匹で遂行されるのでした。人間たちの習性について蟻の芸太が知りうるのは…

広場

性懲りもなく隣町の隣の町へ遊びにやってきた。今回は案内人がいる。なんでも一風変わった建物があるとかで同行を引き受けてもらったのだが、実はそんな風聞などまったく耳にしたこともないまま、半信半疑でNさんの言葉に従ったわけで、そうかといって期待に…

オートマチック もう随分まえに帰省したとき、お姉さんには話さなかったけど、背筋が思いきり凍りついたことがあったの。 精霊流しの晩、わたし一人で港まで歩いた。それまでは家の誰かが供養に行ってたのでしょう、でもあのときはお姉さんも居なかったから…