美の特攻隊

てのひら小説

恋愛 官能

投函 〜 あの夏へ 12

この季節を感じることは、もうすでにあきらめにも似たやるせなさで上着を脱いでしまっていると云う、そもそも夏着に裏地などと辻褄の合わない道理をあてがいながら、ほどよく袖が抜けていく気楽さと遺憾を途上にて受理する風趣にあった。安閑としているのは…

投函 〜 あの夏へ 11

「ねえ、前にどこかで会ったことあるような気がするんだけど」「そんなはずないさ、純一くんはこのまちに来てから日が浅いし、どうして麻希ちゃんが知ってるわけ」早すぎるのでもなく遅すぎるのでもなくふたり連れが現れると、純一はすでに酔いが全身をまわ…

投函 〜 あの夏へ 10

待ち合わせ場所の公園付近まで自転車を走らせた純一は、夕闇がひろがりだした敷地内を覆うよう茂る木立の影にひとり佇み、携帯を操っている森田の姿を一目で見てとった。「あっ、森田さん早いですね」と自分も時間より早めに来たつもりだったのに以外な先手…

投函 〜 あの夏へ 9

翌朝には初々しい陽光がこのまちすべてに降りそそいだ。もっとも純一は昨夜はなかなか寝つけないく、いつの間にか眠りおちたのかと思えば、うつらうつらと意識がさまよいだし、夢見なのかこちら側での感情のこわばりなのかよく分からないうちに夜明けを迎え…

投函 〜 あの夏へ 8

それから幾日か哀しみに想い馳せることなく、夜気を迎え入れては白々と煩悶を刷くのだったが、そんな虚構のうちに循環している情欲がいつまでも平穏に保てるはずがなかった。ある大雨の晩のこと、地面を叩きつけるような雨脚と樋をつたう激しい水流の為、い…

投函 〜 あの夏へ 7

純一の儀式はこのまち赴いたその夜から再開された。いや、儀式などの形式ばった天井を吹き破った、無礼講による解剖室の祭典と呼んだほうが実質に近い。ならいっそはっきり「自慰」と言えばよいものだが、曲がりなりにも少年には少年の美学が息づいていた。…

投函 〜 あの夏へ 6

純一の舞台は、こうして予想外である朱美の出現によって早々と崩壊しはじめた。もっとも、崩れだしたのは外壁であって、中心部に宿った暗室の天蓋は淡く差しこむ月光の親和に守護されていた。 三好の家で育った朱美は、後日運ばれてきた自分の荷物をひもとい…

投函 〜 あの夏へ 5

想い出のなかに保存されていた朱美のイメージは多少の華飾でくるまれていたのだろうか。それは二十歳そこそこで結婚すると云う初々しさが前置きされていたこともあり、また少年期なかばの、釣り合い人形のように不均衡な安定で起立している目線でしか判じる…

投函 〜 あの夏へ 4

純一のめざめはすぐそこまで近づいていた。このまちで暮らしていることが奇跡なのではなく、このまちそのものが奇跡なのだと、少年のこころに疾風が吹きこみ鮮やかな波紋が大きくひろがって、足もとを潤沢にさせた。この世のなかに息づいている実感をこれほ…

投函 〜 あの夏へ 3

奥手と云えばそうであった、彼女と知りあったのはほんの一ヶ月まえ、まったくの偶然による、しかも指向する自然を背景とした純一にふさわしい出会いだった。生まれて初めて女性の素肌に張りつめた欲情をもって触れたのは、このまちに来てから日数も浅い、空…

投函 〜 あの夏へ 2

あのとき純一は、母が並々ならぬ野心家の一面に近いものを覗き見たに違いないだろうと不遜な推察をしてみた。翌日、今度は父から「これで結着にしよう、おまえの意志は固いんだな」そう問われるままに、「うん、かわりはないよ、とりあえずあのまちに一度行…

投函 〜 あの夏へ 1

賭けは限りなく現実味を帯びて、本人にも自覚されない眼光に付随した牙の先端は、純一の決意を等身大以上に物語っていた。出来る限り必要以上の機器を身のまわりに備えることをは避けようと誓った。車とパソコンはあえて持たないことで、行動範囲は限定され…

墨汁

遠慮勝ちな態度で筋書きに従ったつもりだった。そして途中、もうひとりの自分が語り聞かせる入れ子の情況もそれとなく察知することが出来た。女はまだ若く、自分より年下に見える。そう覚えるのが符牒となり、あるいは己の所感がまだ交えぬ肉体をはさんで、…

返信 〜 訣

翌日、家内が純一に電話をしました。意気消沈な息子の様子に胸が痛んでいる様子は十分に理解していながらも、今回のことは家内の耳にしてみれば突拍子もない事態には間違いないはずですが、初恋の沸騰とでも片づけられてしまう程度のインパクトしかあたえて…

返信 〜 纏

前置きが少し長くなってしまいました。お許し下さい、ひとつは貴女に対する真摯な謝罪を、もうひとつはあの日以来、相互のなかにあったと思われる心持ちと誤謬を、確かめておかなくてはいけなかったからです。先日、純一から連絡がありました。といいまして…

返信 〜 衝

おそらく貴女はこう反駁されることでしょう。いかにも親子揃って観念論者らしい意見だが、純一のうしろに父親の影などまるで見受けられはしない、そこには沈黙を守り続けようとする怯懦なおとなを知るだけ、、、息子との交わりに瞠目しつつも、その実、速や…

返信 〜 気

お手紙拝読させていただきました。随分と返事が遅れてしまったことお詫びします。 もっとも返信無用とも思える文面でしたけれど、、、このように日にちを経てしまった理由をこれから申し上げる次第です。 貴女にはあたまが下がります。何よりも最初にこう言…

手紙 〜2

もちろん、純一さんにはあの列車のことなど話してはいません。 でも想像してみて下さい。こころのどこかで希求したものが、実際ではないにしろ血を介して、このわたしのなかにふたたび舞い戻ってくる。 あなたの息子さんは一途な思いで抱いてくれるのです。…

手紙 〜1

前略、この様なかたちでお手紙を差し上げるとは思ってもみませんでした。 帰省の折、列車内で隣合わせてから一年が過ぎてしまった今、何かのめぐり合わせでもあるかのように、貴方の息子さんと知り合い(出会いやその後の詳細は純一さんから聞いてらっしゃる…

夏まわり

絵の具を絞り出し塗りこめたみたいなひまわり畑の小径を進んでゆくと、木々の伸び具合が見分けられるほどの小高い山がせまって来た。 背景の青空は無性に旅情をかきたてるが、夏風にそよぐ大輪から浮き上がる緑は小山から彩度を分け与えてもらっているせいか…

くるみわり人形〜後編

日が落ちる少し肌寒くなるわ、でもあんたの胸のなか温かいんじゃない、ふふふ、うちに着くまでに説明しとかないといけないわね。 いきなり対面では、、、いい良子、決して怖がってはだめよ、優しく見つめてあげて。 そういうあたしも当然ながら最初は凍りつ…

くるみわり人形〜前編

あら、良子じゃない、何年ぶりかしら、変わらないわね。 あたしはどう、ま、いいか。仕事の帰りでしょ、じゃあ歩きながらちょっと話し聞いてくれない。 あんたどこに住んでるの、あそう、あたしと反対ね。でもいいや、駅までじゃ話しきれないから電車一緒し…

たけやぶやけた

一席おつきあいのほどを。 しかしなんでございますな、最近の子供は加速する情報化のせいでしょうか、随分とませたものの言い方をするものです。 ある家にお邪魔したとき、見かけない女の子がふたり、大はしゃぎしておりまして、あるじに聞きますと、近所か…

恋人のいる時間

しばらくぶりに知人と酒場で落ち合った久道は、自分の髪が金色から銀髪に変化しているのを指摘され、 「なに、新月の夜に染め直すから脱色してしまうんだろう」と、生真面目に説明した。 凡庸とあしらいながら、常識では計りがたい相変わらずの言い草に知人…

夜間飛行 〜 後編

ためらいの陰りなどなく抒情が整列し、探りはすぐさま目的に同化すれば、頬の火照りは風に熱意を吹きこみ、もはや自分の意志が率先してマントのはためきを買って出ているのだと薄ら笑いを浮かべた。 山稜から山稜へ、やがては歓喜と高まる情念に胸を焦がすと…

夜間飛行 〜 前編

窓の外に雨音の気配を感じる。 はっきりとしてではなく、遠い原野に深々と垂れこめる景色が少しづつ、こちらに向かっているような淡い記憶をともない、散りばめられた光の粒を体内に含んだ雲翳が枕頭に広がっている。 瞬きを覚えないまま、残像が緩やかに浸…

月葬

寝静まった妻の微かな気息に耳を向けるまでもなく、昇は苦虫をつぶしたような微笑を浮かべている自分を思い、消え入りそうな予感に深く沈みこむのではなく、反対に暗幕でさえぎってしまった。 暗幕の内側に息づくものを映像が終了する案配で拭いとることは出…

ろくろ雛

「徹子の部屋じゃないの」 「いや、それが節子の部屋っていうんだ。深夜の放送だし雰囲気がまるで違うよ。あのタマネギおばさんでなくて、もっと若く華奢で、儚げでいて葬式みたいな着物で冷ややかだけど、ほんのりと浮遊してる色香のある司会者で、ちゃんと…

突破口

そう、いつぞやのL博士にまつわる話しなんだがね、蛇女退治や、公開心霊実験みたいな内容ではないんだ。 心霊実験はさておき、蛇女事件はぼくが当事者といっても過言じゃないかったし、L博士の人物像というか、感性、少なからずも定置に据えたい性格、更に…

まじわり

冬のひかりが遠い彼方にかがやいている。 一月の末に吹きぬけてゆく風は、時折思い出した気分をふくみながら二階の窓から部屋のなかへと訪れた。 両端に束ねられた亜麻色のカーテンから解放された、白いレースの透かし模様はやわらかに羽ばたくようにして舞…