美の特攻隊

てのひら小説

午後3時

隣町まで遊びに行ったのはいいのだが、どうにも帰りの時間が気になって仕方ない。

たいして親しくもない連れは端正な顔立ちをしていて中折れ帽がよく似合っている。

もうひとりも色違いを被っていて、ここのところ洒落っ気がない自分に舌打ちしつつも、やはり早く帰らなくてはとばかりあせっていた。

「おれらは夕飯を食ってくから」

端正な連れが少しばかりは申し訳ないという声でそう言った。

「いいよ、歩いて行くから」

ふてくされたわけじゃないが、自分でも幾分かは当てつけの口調に聞こえたので背中がむずむずした。

彼らは車に乗り込んで「じゃあ」と、ひとことだけ残し走り去っていった。

とにかく国道に出るのが先決だろう、ずっとまえヒッチハイクした覚えがよぎったりし、足早にその方角に向かう。

相当大きなトンネルの入り口が見えてきて、吸い込まれるように歩いていった。どうやら工事中らしいのだか、今日は休業なのかまったく人気がない。それにしてもこの明るさはかなり自然で、トンネル内にのまれているとは思えなかった。

線路が伸びている。

どこまで続くのか当惑を隠しきれないけれど、帰路を約束してくれていると冴えた銀色を放つレールに信頼をよせる。

大掛かりな足場や土木用の軽車両を横目にしながら進む途中、幻聴がやってきた。

列車の走行音。地形によって高くなったり低くなるあの反復音。鉄橋を渡るときのひんやりさせる異音がとても懐かしい。

ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトンガタンガタンガタンガタンガタン、、、、、、

 

工事中のトンネルとはいえ試し運転していたらどうしよう。それくらい耳鳴りは鮮明だった。が、視覚はもっとはっきりしている。急いた気も手伝っているのだろうが、ここはがらんどうだ。五感が鋭敏になっているのを知るのは心地よい。そう思った瞬間「国道に線路などあったのか」至極当然な自問を投げかけておいて、めまいに酔った。

酒の酔いとは違って早々に醒めてしまったのと、国道らしき交差点に出たのが同時だったので、今度は現実的な目線で標識を探した。

左右の方角には見知らぬ地名を記した案内があって、あせりは本格的になってしまい、信号脇のたばこ屋に駆け寄り店先の老人に「ここはなんという町なんですか」と、臆面もなく尋ねれば「いやあ、なんというのか、このまえまではこれこれだったが、いまではなあ」虚脱と寒気をいとも真摯にあたえてくれる始末。

ふと目にした地下へ降りる構えを持つこじんまりしたビルに引きつけられる。

再び陽の差さない場所を求めている気が階段に浸透していくようで、足取りは微妙だったけどそこから抜け道がたどれると姑息な選択にさほど惑いはない。

外面通り地下は手狭だったが、右手に立ち食いそば屋ふうの店のガラス戸に出会い、少なくとも帰途の情報を得る確信に胸おどった。

こじんまりした店内にはふたりの先客がおり立ち食いといってもちゃんと椅子があって、カウンター越しから年かさの女性に声をかけられる。

「まあ、ゆっくりどうぞ」

「はあ、実はそうもしていれなくて。あのうここはひょっとしてM町ではないですか」

脇腹あたりがさも痛そうな表情で訊いてみた。

「あれま、あんたどこに行くんだか。ここはなあ、、、」

店主らしき女性に答えを待つまでもなくこの辺りはT町だと判明してしまい、愕然と首をたれるしかなかった。

「それじゃあ間にあわない」

かなり隣町から遠ざかってしまって、あのトンネルが以外と長かった事実に、列車の幻聴に、してやられたと悔やむしか術がなく、気だるくなった身振りで店を見まわし、そばを注文しようとすると「うちはかけそばしかないのですが。いいですか」そう言われれば仕方ない、それほど腹もすいてなかったからちょうどよかった。

さすが立ち食いふうだから、かけそばは手早く目のまえのカウンターに運ばれる。割り箸を持って汁をすすりかけたとき、腕時計が手首からことさら顔をのぞかせた。

横にいた若い女性が不思議そうな目で「えらく古い時計ですね」と、薄笑いを浮かべながら言った。

「ええ、じいさんの形見なんです」

どうしてこんなでたらめを喋るのか自分でも理解できないまま、時刻を凝視する。3時20分。

「おかあさん、もうこんな時間なのね」

なんだ、ここの娘なのか、驚きにも至らない淡い思いが失意を補っていた。