美の特攻隊

てのひら小説

赤く染まったまぶたをそっと開いた。

目覚めは変わらない。

何が。

世界もそう大きく変貌したと思わない実感。そう特に変わらない。

あれから数日を経て職場にも復帰し、今日も又、何も変貌がないだろうと軽くまばたきをして、こうつぶやいた。

「夢は見ているほうがいい」

体調を崩ししばらく仕事も休んで静養していた間、随分と奇妙な夢を見たような気がする。

悪代官とか言われてたなあ、小説を書いていた。

そこに座っていた。そして彼も又、夢の中にいた。 

霧がかかった記憶の断片がやがて鮮明にある光景を浮かび上がらせる。

 

 

「春絵さん、恋人は所詮、自分探しの踏み石だよ、いつかさよならする」

「そうかしら、結婚する場合もあるんじゃない、それに相手と一緒にいて心地よかったりする、ううん、それより何かがときめいているわ」

「そのときめきもいつかは消える」

「それはそれでかまわないと思う、永遠なんてないもの」

「そうだね、でも相手はどう受け止めるのだろう、時間を共有し触れ合いを楽しみ、やがては離れていく。まるで最初から決められたストーリーのように」

「じゃ、どうなのよ」

春絵は少し顔を上気させた。

「ストーリーは決められているんだ、でも誰もがそんな定められたものとは思っていなし、思いたくもない、だから」

「だから」

「だからストーリーを二人でしっかりと話し合うんだ、そして映画の主人公のように演出に添って、正確に演じる」

「そんなの嘘くさくない、それに面倒だわ。第一、面白みにかける」

「冷めた紅茶を平気で飲み干す、あきらめの方がよほど面白みに欠ける。それに春絵さん、あなたは春絵さんじゃない」

「え、どういう事」

 

 

今日はいい天気だ。

おっ、いい色のパンティ履いてるねえ~、え、そんなとこしか見ないって。

そんなことないよ、他のところだってちゃんと見てますよ。

へえ~と、彼女は微笑む。

へえ~と、僕も微笑み返す。 

 

見つ合うあいだには一枚の白紙がまるで屏風のように二人の距離を遮断している。

とても薄い紙だけれど、けっして破れない。しかしすぐに汚れる。

秋風がそよぎ、暖かな光が優しさをこめて降りそそぐと、辺りは痴呆的な陽気さに包まれてゆく。 

「そうそう、満蔵って人知ってる」

「知らないなあ」

「嘘、あなたの後ろにいつもいるわよ」

一瞬、寒気がしてそっと振返った。

「誰もいないよ」

「じゃ、○○は」

「それは僕だよ」

「ふ~ん、それも嘘くさい」

「それはそうだよ、いつだって物語は謎めいている」

帰らない日々を惜しもうとも、二度と戻らない事に、夢見を託す情熱がとても謎めいているように。