美の特攻隊

てのひら小説

燃える秋

俊輔は尾根から麓までまだらながらも色彩が植えこまれた山々の威容を想像していた。

遠目には種類は判別出来なくても木々が燃えさかるようにして色めきだち、しかも枯れゆくまえにして鮮やかな変容を遂げる情念を静かに夢想すれば、山全体を眺めやるまなざしは曖昧な慰撫に落ちつかず、もっと確実な意思に即されているようたなびく。

「まったく妙なものだ、今ここにある山林になぐさめられながら、これから増々深まるであろう秋に思い馳せてしまっている」

そう胸のなかで唱えてみるのだった。

緑の連なる単一な山稜を追う目線にはない、そう、まるで気高い造形を見上げてしまう半ば高圧的でもある何かを縦走する心意気が与えられると、なめらかな曲線を描きながら下っている様をじっくりと追うようにしては、その様々に染まった華飾の宴に魅入ってしまい、控えめな亜麻色から杏色へと移ろう階調に感心する間もなく、赤錆が生じたかの点綴に瞳孔が反応し、中腹へと下山する足取りのままそこに取り残されたふうな針葉樹の、まわりに同調してしまうのを勇ましく拒み青々と茂り誇示する一群は、より紅葉の本義を際立たせ、隣り合う鶯色にささやきかけているのもやはり染色の気概か、丁字色や浅蘇芳、洗朱、唐茶など微妙な配合に交じり合ううち、裾野へと沈むごとくひと際かがやいている楓の枝ぶりが山道沿いから窺えた。

そして行く手をさえぎるのでもなく、格別何かを伝えるわけでもなく、微風にそよいでは首を泳がしているすすきの群れが、光線のなかでときと戯れている。
間近に接するが故なのだろうけれど、不動に配色された山並みとは異なる晩秋がそこに息づいているのも季節の美しさである。

それからもう一度、真っ赤に焼きあがったもみじが天にのびさかる様と、地にのぞみしだれる様を、鮮烈なあかしとしてこの胸に収め置く。雲も微かな蒼空を血で洗う意想は、まさにこの先への予感かも知れないから。
「ちょっと待って、今のとこ右手の下」無言のままもの思いに耽っていたので少し慌てる。
「どうしたんだ」
「そこで止まってくれない」

連れは運転席ににじり寄りながらその場を示す。

「小さな淵というか、しかも滝がある」
俊輔には気がつかなかったが、確かにガードレール越しから渓流らしき水しぶきの気配があり、それほど大きくもないけどごろごろとした石が転がっているなか温泉みたいな格好をした豊かな淀みがある。
停車して覗きこむと連れの言った通りそこは淀みでなく、川幅がひろまった流れであり、ただ上流からの勢いが上手い具合に積み重なった大きめの石でせき止められ、同様に下流に対しても水はけが狭まっているのでこんな温泉とも、こじんまりしたプールとも云える淵が作られていた。

しかも山手を伝い岩盤を落下する滑滝は何ともすがすがしく、その幅はひとふたりほどであろうか、水量も実際に受けてみたところで危険に見えない。仮に富豪であるならばこのままそっくり自宅の庭園に再現したくらい、子供らは必ず大はしゃぎすること請け合いなほど、滑滝が落ちゆく川底は浅瀬であり水は透きとおっていた。
「真夏だったら絶対にあの滝に打たれてみたいな、打たれるってほどじゃないけど。でも気持ちいいだろうな」
連れの笑顔は俊輔にもよく理解出来た。

「そうだな、便利な修行場だな。流される心配もないし、溺れることもない、でもそれじゃ、修行ではないよなあ」

思わず苦笑した自分の顔にわずかだけれど、朱がさした心持ちがした。