美の特攻隊

てのひら小説

まんぞうの新今昔ものがたり〜日の神

今は昔の新しいこと、うららかな春の陽気にさそわれ、と言いたいところだけんど、ひがな一日なにをするでもなく家のなかで寝ころんでおった。
じいさん、ばあさんそろってじゃ。あんまり退屈なんでどちらともなく声をかけた。
「きょうは何曜日かい」
「カレンダーみたらええ」
「ところで、けさ郵便受けに新聞がつっこんであったがな」
「配達まちがえたんやろ、カレンダーよりその日付みたらどうや」
「新聞なんか読まんわい」
「勝手にせえ」
べつによどんだ沈黙が息苦しいのでなく、間合いが自然とのびやかになっているだけだった。
で、もそもそとじいさんが新聞を開いてみたのは、手がのびたからじゃ。
ばあさんはなんとなく気になり「なに見とる」
と、いかにも面倒くさそうな声でたずねた。
「今度できたホームセンターちゅうとこのチラシや、えらいぎょうさん品物あるなあ~」
じいさん語尾あがりでまんざらでもない。つられてばあさん、どれどれ、のぞきこむ。
「ほう扇風機めちゃくちゃ安いがな」
「ちりとりのほうが安いで」
「ほんまや」
そのうち、収納ケースやら冷凍庫にチェンソーキャットフードスズメバチジェットなんぞに目移りしはじめ、ほう~とため息をついた。
「なんか欲しいもんでもあるんかい」
「ないもんばっかで欲しくもないわ」
折り込みチラシ一枚でいがみあっとると思うだろうが、そうじゃない、息がそろったというわけでな、
「ビオレuとクリアクリーンお買い得や、ペンタス苗もええなあ、よしずって風情あるし、んっ、アリエールが目玉商品や、男脂臭までスッキリやと」
「だんししゅうってなんや」
「加齢臭みたいなもんかいな」
「カレーシチューかい」
「あほかいな、食いもんちゃうわ」
とまあ、だんだん話しがはずんできた。
「パワビタaなんてあんた知っとる」
「わしもはじめてみた、タウリン3000mg配合で10本いり税込み430円や、これ飲んで精つけるか」
「ええなあ、これ、あっ、赤いきつねも特売やで、買い占めとかなあかんわ」
「このパンパースはこども用かい、残念や、おっ、ティシュ切れてたな」
なんだかんだで、全商品を名指してはああだこうだ喋くっておった。

ややあってから、玄関にひとの気配が。
「ごめんやす」
よく通る男の声がする。
「じいさん、誰か来たがな、出てみいな」
ここで不意にじいさんのあたまの中をよぎるものがあった。祝福され飼いはじめたペットのような気分と、むしゃくしゃして散財していまいそうなふがいなさをともなっておる。
が、胸騒ぎにはちがいない。
「わしが出るより、ばあさん、あんたのほうがええ」
「なんでや、ほんま、あかんたれやで。わかったがな、どれ」
そういうあんばいでばあさん、たいした気にもかけず腰をあげた。
「どちらさんでっか」
見れば背広すがたのいかにも営業的な笑みがのぞいておる。
「はい、わたしら本日オープンしましたホームセンターマンゾウのもんです」
「あれ、たったいま、あんたとこのチラシ見とったとこや」
「それはまいど、お値打ち商品ばかりそろえております」
「で、なんぞ、景品でもくれはりますの」
じいさん、ここで目がさめた。これはえらいこっちゃ、黙っておれんかった。
「ばあさん、こいつら詐欺師やで。どうせ商品券とかよこしておいて」
「なんや、いきなり、どないしたん」
「最初だけええ目させて、ほんで、、、」
「ほんで」
「え~と、それはな、たしかこれこれでびっくりこっくりでもってああなってこうなってとにかくわやや」
「そんなあほな、あれはああだっでよかったどっきりそっくりなんもかんもそれしてこうして、わりことあらへん」
背広のひとりが、
「あの~、これオープン記念の割引券です、ぜひ使ってください」
それらしきひらひらの紙切れをさしだした。
「ほな、ごめんください」
玄関のとびらが閉まると同時にばあさん、じろりとにらみながら、
「あの件はもうええわ、夢のまた夢やさかい、それよりこの券でなんか買いに行こか」
目つきはあんまりようないわりにおだやかなくちぶりやった。
なんや、ばあさん、まともやないか、そうこころのうちでつぶやき、
「わし、ちょっと出かけてくる」
と言ってひょこひょこ家をあとにした。
「ふん、どうせ、またパチンコやろ、どれ、たまにはうな重でも食べようかいな」

仲よきことは美しきかな、夢がはぐくむ日々じゃったとさ。

 

 

前作「まんぞうの新今昔物語 〜 福の神」は、こちらです ↓

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