美の特攻隊

てのひら小説

投函 〜 あの夏へ 2

あのとき純一は、母が並々ならぬ野心家の一面に近いものを覗き見たに違いないだろうと不遜な推察をしてみた。
翌日、今度は父から「これで結着にしよう、おまえの意志は固いんだな」そう問われるままに、
「うん、かわりはないよ、とりあえずあのまちに一度行ってくる、二三日で戻るからさ、心配しないで。交通費なんかも、いままでの貯金はたいて工面したからだいじょうぶ、って言ってもほとんどお年玉を貯めておいたやつだけどね。でもけっこうあるんだよ」
泰然とした口吻でこたえるのだった。

卒業式を終えた数日後、父が不在だった夜半、純一は母からある提案を持ちかけられた。
それはすでに決定された息子のこれからを願う、親の情の切実なあらわれに思われた。話しの切り口に入るまえはわずかに顔を曇らしたけれども、夢と理想とを手中に収めてしまった純一には、過敏な反応以上のなにものでもなく、ましてや母が語りはじめた提言は、弱みを刺激しつつ決して懐柔へと渡り得ない、鮮明な展望がひらかれていたからである。
「どう、いきなり見ず知らずの人間のなかに分け入っていくよりかは、かあさんの言うようにとりあえずは、三好さんところに世話になってからでも。あわてることないでしょう、、、ねえ、そんなに急いでどこへ行くのよ。自分探しするのだって、ゆっくり時間をかけたっていいじゃないの」

母が言うには、自分の叔母が嫁いださきが海辺でおもに釣り客を相手とした民宿を営んでいる、以前、親類の法事で帰省した際に、その叔母から最近は若い人材が不足しており、しかも宿の仕事は単調なうえにけっこう労働力も要求させるので、なかなか人が根づかないとこぼしていたことを思いかえし、昨日電話でその後の情況を伺いがてら、こちらの内情を打ちあけてみたところ、それだったら是非とも身を寄せてみればどうかと話しが発展したのであった。
まえには父からきつい指摘でもって、親戚縁者にすがる可能性を糾弾されたような一幕もあり、純一にしてみれば、母の発案を鵜呑みにし従ってしまう自分がもどかしかった。
しかし、そんな息子の胸中をあらかじめ察していたかのように少し声色を甘くなびかせ、余情を伝えることが本命であるみたいにしてこう言った、
「話したことあったかしら、うえの息子さんは家業を引きつぐ気なんかさらさらなくて、あんたと一緒で勉強できたから、医者になるって医大まで入ったのはいいんだけど、そのあと挫折したのか、いきなり北海道の牧場に住みついちゃって、いまではむこうで結婚して、滅多に家に帰ってこないっていうの。
それから次女のほうもねえ、愛媛へ嫁にいってたんだけど、どうも夫婦仲がそぐわなかったみたいで、子供が出来てないのを幸いに近々戻ってくるかも知れないってことでね、ああ、知ってる、そうか、朱美さんは結婚式のあと、一度うちに挨拶に来てくれたから。たしかきれいな娘さんが明日来るよっていったらあんた、もじもじしてたもんね。
それで純一のことを相談してみたら、腰かけでも仮り宿の気持ちでもいいから、とにかくいっぺん寄ってみたらって言ってくれて、居心地が窮屈だったり、ほかに落ちつきさきが出来たときには、気兼ねはいらないからって。どう三好さんの民宿だったら、かあさんも安心だし、あんたと一緒に最初のあいだ暮らすことも止めにしてもいいと思うの」
母の言葉が途切れるやいなや、純一のこころはそよいだ。
そして心音が次第に脈打つのを覚えながら、言い様のない不安と希望が静かに足もとまで忍びよって来るのを、他人ごとのように認めてしまっている自分を嫌悪した。

あの日、父が三好の家を訪ねていたなんて、、、母の確信に満ちた甘い物言いは、父からの通達によって希望をみなぎらせたシナリオだったのだ。
なるほど、それで自分のなかの気持ちがどこかしっくりいかないのを、後々まで抱き続けるようになったのか、、、いったい、どこまで根回しされているんだろう、いくら心配だからといってそんなにお膳立てしてもらわなくたってかまわない。
一年前の両親らがとった情愛にあふれた画策に気がついた夜、純一は白日夢が育んだ愛憎にすっぽり包みこまれていることを知るよしもなかった。

 

 

まじわり   http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/01/21/190249
手紙 〜1  http://jammioe.hatenablog.com/entry/2014/05/22/024358
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