美の特攻隊

てのひら小説

投函 〜 あの夏へ 19

純一のこころに明滅し続けている照り返しは、波間に消え去る永遠の真珠のきらめきを感じとったからなのだろうか、少なくとも簡単な裏付けのまま<事実>の確証を得た初恵にしてみれば、深入りと呼ばれても言い逃れが出来ないこのひと月であった。
実際に目を細めまぶしそうに見つめられるがわとなれば、また、少年時の年上女性に対するあこがれは通念に裏打ちされるまでもなく、野性的な情趣として十全に初恵のからだに伝わり、何ら拒否する名目が見当たらないのを幸いに、その好意をすべて受け入れるつもりであった。
また肉親の咎めがあったにせよ、一切は不問にし、ただ自分とは多少の相違はあっても、その背伸びした姿勢の気炎に共通項を感じとったからである。
初恵は年長ということもあって、自分の領域には触れさせないまま巧みに相手の心中を忖度した。
他者から傍観すると、一方的な質問攻めにさえ映りかねない様子だったのだが、純一の若さは繁茂した草木が身を持てあまし、それを見かねた初恵に草刈りをしてもらっていると云った場面へ萌え盛り、もはや彼女を疑ってかかる要因など、この地上に見いだすことは不可能であった。
そんな有様だから、あれほど慎重に扱われた童貞への拘泥さえ、過ぎ去ったときの向う岸と云うより、もはや自分では関知しない他人事のように思い返される。
もっとも意想の変移は特技とも呼べる性質ではあったけれど、愛欲と性欲が不可分である現在では、これまで屁理屈をこねまわして来た経緯は記憶から消えゆくべき類いだと、歯牙にもかけなかった。

東京での梨菜とのくちづけさえも今では思い返すこともない。
だが、この夏を擦過していった朱美への禁止された欲情と、その矢先にまるでお膳立てしてもらったような麻希との初体験は沈める古城となって、鮮烈な記憶を祭り上げるためにときおり城門が勢いよく、あるときは冷静に開かれるのであった。
初恵はそうした彼の心意を察するとばかりに、三好の家のことなども含め一切合切、聞き出してしまいそうな勢いで、
「でもよかったじゃない。そんな薄暗い部屋なんかで、お色気の出戻りさんとしょっちゅう顔合わせてたら、終いには妙なことになってたかもね」
「たしかにその通り、もう臨界点を越えそうだったから。森田さんから誘いがなかったらたぶん何らかのアプローチをおこしていたと思うよ」
「で、飲み会のその夜にしちゃったって結構いけるわ。本当にうろ覚えなの、さっきから聞いてて肝心なことになったら意識が飛んでるとか言ってさ、しっかり順序よく整理してみてよ。居酒屋出てスナックに行ってからの記憶があやふやなのね、そこを出てからどうやって帰ったのか」
どうたぐり寄せてみても失われた意識は断片的な光景として、所々を薄らかいま見せることしか無理であった。
焼けこげた配線の回路を伝いやがて故障の烙印を押されるとでも云った調子なのだが、これは機械の故障ではなく、記憶の裁断なのだ。
すべてを順序よく再編するまでもなく、一番肝心な箇所、つまりは初めて女体に重なった際の感触や、ぎこちないままに済まされたであろう絶頂までの情況を呼び覚まさないと、初体験と云う人生一度の想い出が無効になってしまう。
初恵から注意を受けるまでもなく、純一にとってそれは鮮やかな色調でよみがえるべき属性であったのだが、まさか今さら麻希本人に尋ねることなど出来ないし、森田はしばらくの出張から帰ってくると、ひとが変わったようによそよそしくなり、いや、それは思い込みかも知れないけれど、つまり自分のやましさを相手へと塗り替えているだけに過ぎず、やりきれなさがこみあげてくる。
あるいは生真面目な性格だと知らされていたから、思うところあってを自らを律しているのか、、、どうやらひとづてには詳細を得れそうにない。
お膳立てと云えばあの夜、泥酔した自分と麻希を香穂の車で送らせ、麻希の部屋までつき添うよう森田から促された覚えがあり、そして部屋のなかへふたりして倒れこむように入った途端、香穂の車がその場から走り去る音が響いていったのも、不審と緊張によってお互い顔を見合わせたことも幻ではない。
ただ、その部屋の灯りは消されたままだったので、麻希のどんぐり目がさぞかし大きく見開かれたさまを想像することはあったとして、実際には確認できなかったのだ。
靴は脱いだと思われるが服まではどうだったのか、、、それよりどちらから歩みより相手の背に腕をまわしたのだろう。
衝動的にしろ麻希のからだをまさぐった記憶がない、下半身が張り出した感覚さえあやふやなのだから。
結局、性交渉が実際だと想起可能な情景は、
「じゃ、きれいにしてあげる」
と云う、さきほどまでの声色とは違ったやわらかな口調で、あらわになったままの純一をすっぽり口中に含みながら、その時間の経過がカーテンの向こうからもれてくる街灯のわずかの明かりに滲みだしてしまったよう、いつまでも夜に支配し続けられている快感が局部を通じるよりさきに、眠り落ち入るきわに似た、緊張が緩和される快楽を約束してくれていることであった。