美の特攻隊

てのひら小説

夜の河〜25

太もものつけ根まで左腕を忍ばせるにはどうしても半身を窓際へとひねりこみ、通路側へ背を向けてしまう恰好をとらざる得なかった。
となりや斜めうしろの乗客の目がこちらに注がれてないにもかかわらず、きれいさっぱり拭いさることが無理だったのは、これが夢であろうが現実であろうが同じこと、孝之はもっとも大切な要点を保持している自分を少しだけほめてあげたい気持ちになった。

指さきは初恵の素足を這い、いとも簡単に夏ものと思われる柔らかな生地のパンティの右すそをずらし、うっすら湿り気をおびた箇所に侵入した。
そっと中指を縦線にそって撫でるようにしながら、こころもちその指のあたまを押しあててみて、少しずつゆっくり奥に沈めていった。
初恵の声色はあきらかに恐れを蔵し、しかも、あらわな怒りになるまえにかき消されてしまったとまどいは、ふたたび沈黙に似た反応を見せはじめようとしている。
車窓を貫いてくるちから強い光線にさらされた瞳孔はせばまりながらも、やはり孝之の危惧と同じく辺りが気がかりなのだろう、絞りこまれたレンズで対象を的確にとらえるようにあごを上げたまま、通路をはさんだとなりの座席の老夫婦らしき連れの居眠りをしっかり確認したのち、「はぁっ」と切ない声をちいさくもらすことで沈黙ははからずも破られた。

氷壁は溶けだそうとしている、、、孝之は最果ての地であおぎ見る日輪の雄大さを想像した。
そして抑止された時間がすでに動きはじめたことを知ると、うちなる言語は初恵に託されたのか、ときに乗り遅れた語感はどこか哀れであり琴線に抵触しかけたのだが、飛龍を呼びよせた孝之の情念はもう後戻りのきかない崇高なまでの貪欲に支配されてしまっていた。
その股間に宿った温熱は、まるで発射台に備えつけられたミサイルの緊張のように沸点を待ち望んでいる。
初恵のことの葉は、下方から吹きつけるそんな熱風にあおられ、おののきながらも期待と逡巡が交差する説明のつかない震えとなって、相手にも自分にも言い聞かすようつぶやかれた。
「ドウシテデスカ、ソンナコト、イケマセン、、、ヒトガミテイマス、ソンナ、ダメデス、、、オネガイデス、モウヤメテクダサイ」
「だいじょうぶだよ、結城さん、そこに掛けてあるカーディガンをひざのうえにのせなさい。そうすれば誰にも見られることはないから、私にもね。となり側の老人は寝入っているみたいだから安心して、そう、もっと腰をずらして足を開いて」
孝之の声はやまびこのように互いのからだに響きあい浸透していった。
そうして中指はほどよく湿りをもたらしてきた裂け目をふさごうと更にめりこませ、慎重に初恵の顔色をうかがいつつ優しく回転したのだった。
「ハズカシイ、、、コンナノハジメテ、ドウカシテルノヨネ、キット、ソウダワ、、、ヘンナキモチガスルノ、トッテモ、ヘンナ」
陽射しが稜線にさえぎられたため初恵の面は、ちょうど半面だけ計られたように雲間に隠され、次に太陽が現れるまでの束の間、さながらこころのなかもまっぷたつに割られたのか、陽のあたる場所と陰りの場所がありありと識別できてしまうほど双極を見せつけたのである。
「オネガイデス、コンナコトハヤメテクダサイ、、、ハズカシイ、ワタシ、、、」

切れ切れに吐息となってこぼれだす声色を耳にした孝之は、それが夜陰にひそむ衣ずれの醸しだす同衾へのいざないにも聞こえはじめ、もうそそり立った股間を静める算段などおよびもつかず、今はこうしてこころ奪わるよりすべはないのだと、ひたすらに阿弥陀如来の御影が脳裏を点滅するのは善きしらせに違いあるまいと信じこみ、しかし、ここが真夏の車両内であり、燦々とふりそそぐ陽光のもとであることは、白昼夢の可能性を最大に願いながらも、実際に欲情が充たされていく怖れを十全に拾い集めてしまっているのだった。
一段と指さきが鋭敏になりこなれだしたのは、いちがいにおとこの側の思惑だけではあるまい、しっぽりとまわりまで濡れてきたおんなの秘所を秘所らしく扱うのは、育みの情愛と似たようなもの、葉のうえを、花弁のなかを、艶やかにすべってゆく水滴はおんなの側の意想を涙と分泌液で物語りながら、なおかつ相互に苦悩と快楽を授けている。
孝之は初恵の目の奥に吸いこまれていくことの不安から逃れるために、幾らか手つきを荒めるしかなかった。