美の特攻隊

てのひら小説

夏の日

【第7回】短編小説の集い 参加作品

 

生い茂った草が束になれば、緑のひかりを生み出し目にうるおいを、耳に涼風を届けてくれる。
夏が終わり、喧噪がまぼろしであることを誇っていた様相に、どことなく慈しみを覚えてしまうのは、いかなる理由かなどと、のどの渇きに禁欲的な方便を見いだしたときのごとく、他愛もない気まぐれで、無造作に筆は白紙のうえを滑っていくだけなのだが、別段とりとめもないままに昨日の昼下がりを思いかえしてみる。
ソファーに寝そべる癖が身にしみついたお陰で、いつも窓の外は斜めに映る。
来訪者はめったにないから視界を横切るのは低空飛行を試みる鳥たちや、運命に忠実な蝶のたぐいだけだ。
その蝶で脳裏をかすめたのだが、先日数匹の幼虫が裏の石垣から放縦に伸びきった葉のうらにへばりついていた。
珍しいのかと云えばそうかも知れないし、ありふれていると裁断してしまうのもまた軽易で、どちらにせよ興味を引いたのは彼らの存在自体でなく、肌寒さが募ってくる時節に羽化し、宙をひらひらと舞いはじめる姿の浮いた調子に乗ったまでのことであった。
とは云うものの、いくらか気にかかって調べてみたところ、越冬蛹と呼ばれる種があるらしく、それはまるで枯葉に見まがう風合をしており、化石の沈黙にならっているのだろうか、深い眠りにいたる息づかいを閉じ込めているようだ。
そして蝶の自在な軽やかさがそこなわれるように、あれは蛾の蛹だったと理解した。
蛾ならわりと窓ガラスを通し身近に接している、そう、不意の訪れを知らしめる為に使わされた羽ばたき激しく。

台風で飛ばされてしまったのだろうか、ここしばらく葉陰に黒い蠢きを見かけなくなった。
その日は風のないおだやかな陽光が木々の間をすり抜け、レースのカーテン越しにまだ先のぬくもりを授けている静けさに満ちていた。
斜めな視界にあえて目線を送ったわけではないのだが、繁茂する青みに褪色と朱を認めた刹那、そこに疾風が舞い降りたように草叢がかき分けられた。
まばたきが惜しかったのではあるまい。子供とも大人ともつかない両腕だけが、落としものを探っているふうにあわただしく現れ、消えた。