美の特攻隊

てのひら小説

タイムマシンにお願い〜2

「これが私の開発した丸出号です。一見普通の椅子に見えるでしょうが、そもそも時間軸を越えるのに仰々しい仕掛けなど必要ありません。こうしたシンプルな形状こそ最適と言えます。疑ってますね、心配入りませんよ、ここに腰掛けて催眠術なんてまやかしなどでは決してありませんから」

疑心を先んじて述べられると、残されるのは異形の抜け殻、つまりは帰依みたいな心性に落ち着くことが往々にしてある。

「わかりました。信じましょう、ところでNさんは過去と未来どちらに行かれました。それとも両方ですか」

「過去に決まっているでしょう、未来なぞ見てしまったら生きる張り合いが失せてしまいます。先が読めそうで読めないからこの世は輝いているのであり、知ってしまったら人間は確実に堕落します」

「それはごもっとも、でも少しくらいならどうでしょう、ほんの覗き見る程度に」

「あなたはスカートの下の覗くとき、ほんの少しで止めときますか」

「いえ、段々とエスカレートして犯罪に至るやら知れませんから、あの、その、、、スカートめくりは小学校以来、いえ中学校かな、したことないです」

「理解してもらえて感謝します」

「愚問でした」

突拍子もないたとえ話しでお茶をにごされ遡行が決定された。数年前の記憶はまだまだへばりついているから、一番記憶のあやふやな、しかし一部分は鮮明な時期を選択すると、やはり小学校の低学年十歳くらいに絞られてくる。

それ以前だと記憶と記憶が交わらない、こういうことだ。

幼児期に遡るとすればそこはもはや見知らぬ空間でしかなく、例え現存する建築物や山河を見まわしても一風景であることのしがらみを確認するだけで、肝心のこころの芽生えと出会えない、やはりある程度の認識力が備わった頃の自分を見つめてみたい。

時間旅行のパラドックスも承知しているつもりだから陰でそっと様子見に終始するのだろうが。

いよいよ過去への旅に向かう準備は整った。ここでNさんから重要な問いかけを受ける。

「どのくらい滞在しますか」

これは道々思案してきたのが、ごく割り切ってみても旅であることに相違ないから、寝泊まりの確保がそのまま過去への滞在日数に繋がる。

数回に分けて遡行すればと思われるだろうけど、それには判然とした理由があって、この事務椅子を一度作動させる為にはある科学物質が大量に消費されるので、経済面というよりもその物質を作り出す時間が問題とのこと、なんだかんだで時間には時間が必要なんだと神妙な気持ちを抱いたのだった。

さて旅程だが、まさか生家に未来からやってきました、なんて言っても絶対に受け入れてもらえないだろう、下手すれば不審者として身柄を拘束されることだってあり得る。

かと言って野宿もこの季節は大変だろう、いやいや春夏秋冬に関係なく生まれてこのかた野宿なんかした試しはないし、テント張りはおろか飯盒だって覚束ない。登山経験者とか同行してもらえば助かるのだろうけど、タイムマシンはひとりしか転送できない仕組み。かなり真剣に悩んだ、今日は断念してサバイバルの訓練を施してから挑むべきとも考えてみた。

ところがNさんいわく、

「燃料は保存不可能な性質でして、あと一回分を今日明日に使いきってしまわないといけません」

そうすると、当初の企て通り三日あたりが適切だと思えてくるのだった。