美の特攻隊

てのひら小説

2014-10-01から1ヶ月間の記事一覧

ノスタルジア

夜の河〜14

特急列車の走行音と振動は懐かしさをひかえめに響きわたらせてるように聞こえる。所用に手間取ってしまい駆けこみに近い勢いで乗車してから指定の席を見つけ、このまま乗り換えなしで到着する町までしばらくのくつろぎが約束されている気がした。目を閉じあ…

駈ける

夜の河〜13

墓所がもし貯蔵所であったなら、、、暗色にひろがる荒涼とした無限に約束された眠りの遺骨は屍であると同時に、爛漫たる躍動に満ちあふれた大いなる沈める帝国かもしれない。わたしと云う君主を戴き、風となって野山を駆けぬけ、山稜に飛びあがり白雲をかす…

秋日

夜の河〜12

夜霧が何のためらいもなく晴れていくように、漁り火が静かな別れを告げながら遠ざかっていくように、めざめはいつもと変らず待っている。谷間をつたう清水に足もとをひたす感触が、ちょうど冷水で顔を洗う手間を先取りしてくれていればなおのこと、いつにな…

帚木

夜の河〜11

久道の大きな危惧の念とは、とにもかくにも彼の主張する神秘の扉が開かれたとき、果たして人々、軍事大国首脳らが、どのような対処をもって未知なる存在を受け入れることになるかと云う事態にあった。だが、長年の考察によれば世界各国にはすでに異星人の塁…

AQUARIUS

夜の河〜10

ことさら世情に造反したかの態度で今夜自室にこもり、コリン・ウィルソンの大著「オカルト」を耽読していたのは、傍目から見れば少しばかり奇特な様子に思われるかも知れないが、深沢久道にとってみれば、きわめて明快な意味あいしかそこになかった。花火大…

つるべ落とし

霧の航海

あらくれ者で知られたジャン・ジャックは額に深く刻まれた傷痕を潮風にさらすよう舳先に陣取っては、陸地を求めるまなざしなどあり得ぬといった風格を誰かれに誇示するわけでもなく、ひたすら想い出の向こうへ櫂を漕ぎ出すふうにして前方を見据えていた。そ…

Technicolor Dreamin'

夜の河 〜 9

陽光がまぶたのうらに赤く染みこんだかの記憶は茫洋としたまま、しかし追想される、きれぎれなひとこまのなかに於いてひび割れのように引かれた、あるいは二枚貝がわずかに海水をあらためて含みいれる様相で、薄目をかすかに開くと、月あかりの有為転変を眼…

オヤスミナサイ

夜の河 〜 8

洞穴の出口にようやく近づいてきたのか、ほの暗いなかをいつか想い出のうちに印象づけられた淡い光線が、まぶたの裏に幽かに甦ってきたのがわかり、ためいきに似た気休めをもらすも、しかし軽微な希望であることを決して忘れ去ろうとはしなかった。意識の黎…

アンヌと蜂女

夜の河 〜7

酒の肴にと奥さんがさばいてくれた、あじととびうおの刺身をつまみながら、口中に新鮮な青りんごをかすかに思わせる白ワインを含めば、潮の香りが風に乗って遠くまで運ばれ、人気のない山村に生える果実の木のしたへと、まるで眠りをもとめてそこへ安息する…

Autumn Echo

夜の河 〜6

いつの頃のものかはわからないが、十分に時を経た木桶は、この畳部屋に備えられると見事なまで風趣に富み、恰好のワインクーラー代役を、いや、それにとってかわる役柄としての調和をみせていた。 あべこべに孝之が持参したフランス産ワインのほうが、浮いて…

虚構の華

夜の河 〜5

古びた佇まいながら、玄関のガラス戸や格子が醸し出す風情には泰然とした郷愁が備わっており、屋内の印象も同様、あらたに増築された部屋は別としても、木目を土色にくすぶらせ、天井があたまの上に張りついているかのこじんまりとした造りは、現代からみれ…

いたずら

夜の河 〜4

その日、深沢久道は所用で車を走らせながら、昨夜みた夢がどうしてこんなに印象深いのだろうかと首をかしげ、川沿いの道に出たところで浴衣すがたの若い娘とすれ違ったのだが、次の瞬間、ふとサイドミラーに目をやった時にはすでに距離を隔てており、しかも…

雨あがる

夜の河 〜3

ほの暗い眼をした見知らぬ男が、すれ違い様に何とも薄気味悪い笑みを浮かべる。暗鬱な余波だけを残して遠ざかってしまう男の行き先を初恵はなぜか知っており、それが恐ろしく矛盾した思念であること、はかない定めと了解しながらも、男のたどる軌跡に一抹の…

夕暮れまで

夜風のささやき

その澄んだ碧眼の奥に映しだされた色彩は黄金が風にそよぐような麦穂だった。晴天ではなかったが、光彩をまとったしなやかな群生は空の青みを招いているのか、遠くに連なる山稜まで呼び声はこだました。頬をなでる髪に映発する、白金の柔らかなひかり、ベロ…

めぐりあう時間たち

夜の河 〜2

初恵は神木と伝わる大楠の木陰で涼をとってから、港のにぎわいが潮風をはらんだほどよい熱気に感じられ、川縁に沿って海岸の方へと歩いていった。鉄柵がいくらか低くなった辺りにきて下方へ目をやると、垂直に切り立ってはいないが傾斜のきつい、コンクリー…